「天邪鬼」なM&Aのプロが挑む未踏の地。技術を最速・最大で社会へ届ける「局所戦」の流儀
UntroDメンバーインタビュー|リアルテックファンド ディレクター 西田 賢史
M&A仲介会社で13年、FAS(フィナンシャル・アドバイザリー・サービス)で2年。約15年にわたり、事業承継や企業再生、上場企業のカーブアウトといった案件をオリジネーションからエグゼキューションまで一貫して手掛け、誰もが敬遠した建設業に特化して業界を内側から支えてきたM&Aのプロフェッショナル、西田賢史氏。2023年12月にUntroD Capital Japanへ参画し、ファンドマネジメントチームでリアルテックファンドのイグジット(出口戦略)支援と、クロスオーバーインパクトファンド1号のファンドレイズ・運用全般を担ってきました。2026年10月からは「リアルテックファンド」チームのディレクター(Portfolio Management)として、ファンド全体のパフォーマンス管理と出口戦略の立案・実行を担っています。実績を積み上げた主戦場を離れ、なぜ「未踏」のディープテックへ足を踏み入れたのか。その答えの鍵は、自らを「天邪鬼」と笑い、あえて人のいない「局所戦」を選び続けてきた独自の戦略眼と、10年前にM&Aを支援した顧客がいまも毎年決算書を持って報告に来てくれるという「農耕的」な仕事観にありました。技術を最速・最大で社会へ届けるために、彼は何を考えているのか——じっくりと話を聞きました。
誰のため、何のために仕事をするのか
——本日はよろしくお願いします。まずは基本的なところからですが、西田さんがUntroDに入社されたのはいつ頃でしたでしょうか。
よろしくお願いします。私が入社したのは2023年の12月です。入社からの約3年間はファンドマネジメントチームに所属し、東苑さんのもとで働き、2026年10月の組織改編を機に「リアルテックファンド」チームへ移りました。
——10月からは「リアルテックファンド」チームのディレクターに就かれました。改めて、現在の役割と責任について教えていただけますか。
はい。チームの中での私の担当は、Portfolio Managementです。担っているのは、ファンド全体のパフォーマンス管理と、投資先の出口戦略の立案・実行です。取り組む中身はファンドマネジメントチームの頃から変わらず、いまはキャピタリストと同じチームの一員として、投資先ごとのイグジットに伴走しています。ファンドマネジメントチームでは、上司の東苑さんが投資銀行出身ということもあり、IPO(新規株式公開)を中心に担当されていました。一方で私は、これまでのM&Aバックグラウンドを活かし、M&Aやトレードセール(事業法人への売却)を主に管轄してきました。その経験を活かした出口支援は、いまも私の役割の中心です。もちろん、ファンドのパフォーマンスを最大化し、LP(出資者)様へ利益をお戻しするための全体プランニングも重要な業務です。そのうえで、個別の投資先企業のイグジットに向けて、各銘柄のIPOやM&A、トレードセールの実行を、現場でキャピタリストと伴走しながら支援することに注力しています。M&Aの専門性を活かして、キャピタリストの機能を補完することが私の役割だと考えています。
——ファンドマネジメントという機能が当社に備わって間もない頃に入社されたと思いますが、どのような経緯とタイミングで参画されたのでしょうか。
前職までは約15年間、M&Aの領域で仕事をしてきました。具体的には、M&A仲介会社に13年、その後のFAS(フィナンシャル・アドバイザリー・サービス)と言われる会社に2年ほど在籍していました。そこでは事業承継や企業再生案件、上場企業のカーブアウト(事業切り出し)案件などを中心に、ソーシングからクロージングまで一貫して行ってきました。
——15年という長いキャリアの中で、転職を考えたきっかけは何だったのですか。
長くM&Aの仕事に携わる中で、ふと「自分が本当に何とかしたいと思える人は誰なのか」と気になり出したのがきっかけです。私は長く建設業のM&Aに携わってきました。自分が支援させていただいた多くの建設会社の社長さんは、朝早く誰よりも先に会社に来て、夕方には現場から帰ってくる社員一人ひとりを気遣う。そうやって社員を心から大切にされていました。「会社の雰囲気を掴んでほしいから、M&Aの専門家という立場は伏せて朝会に参加してほしい」というご要望をいただくことも多かったです。実際に参加してみると、真摯に仕事に向き合っている社員の方が本当に多い。M&Aの支援を通じて、こうした方々の雇用の安定や待遇の向上に貢献できればと考えていました。そうした社長さんや社員の方々と向き合う中で、自分が力になりたいのはまさにこういう人たちなのだと気づきました。
アドバイザーとしてスキルや格を上げることや、トラックレコードを積み上げることも、もちろん大切です。でも自分にとってはそれ以上に、「何とかしたい」と思える人のためにきちんと時間を使えているかどうかの方が重要だと感じるようになっていました。そんな時に、当時の人事担当の方にお声がけいただいたのが、UntroDとの出会いです。
——ディープテックという未知の領域に対して、不安や迷いはありませんでしたか。
正直に言えば、研究開発型ディープテックという分野を専門にやっていたわけではありません。しかし、代表の永田さんや他のキャピタリストの方々とお話しする中で、彼らの熱量に心を動かされました。彼らは、経営チームや技術を「何とかしたい」と、夢中で取り組んでいたのです。その姿を見て、私が長年の業務の中で忘れていたような感覚を思い出しました。「この会社で、自分も彼らと共に働きたい」。そう強く思い、入社を決意しました。
——入社の決め手となった要因は他にもありましたか。
はい、安心感という意味では、のちに上司となる東苑さんの存在が大きかったですね。私が入社した時点で、すでにファンドマネジメントチームには東苑さんが在籍されていました。当時のファンドマネジメントチームは、キャピタリストの方々に比べると「ディール(取引)ありき」のミッションを担う側面が強い部署でした。バックグラウンドは違いますが、東苑さんは私とキャラクターが近しいと感じました。そのような方が上司であるという事実は、未知の環境へ飛び込む上での大きな安心材料になりました。
IPOだけが正解ではない——技術を「最速・最大」で社会に届けるために
——長年携わってきたM&A業界からUntroDへ転身されて、どのような点にやりがいを感じていますか。
やはり、関わる人々が持っている「志」の高さでしょうか。投資先の経営陣も従業員の方々も、世の中を良くするために非常に熱心に取り組まれています。もちろん、どの業界の方も懸命に働かれていますが、この領域の方々は「これからの世の中を変える」ために必死です。そうした方々の挑戦に対して、自分の経験が少しでも役に立てるなら、これ以上のやりがいはありません。
——これまでの経験から、ディープテック・スタートアップにおけるM&Aや出口戦略の意義について、どのように感じられていますか。
まだ手応えと言えるほどの実績は残せていませんが、痛感していることはあります。それは、どんなに優れた技術を持ったベンチャーであっても、対象とするマーケットや世界はあまりにも巨大だということです。ベンチャー一社単独でできることには、やはり限界がある場合もあります。例えば、それだけ大きなマーケットに出ていこうと思うと、より大手の会社の資本を受け入れたり、場合によってはM&Aで傘下に入った上でその技術を世の中に広げていく方が良い場合もあります。その方が、明らかに「最速かつ最大」で技術が広まるということを、いろいろな会社を見ていて改めて感じました。
——IPOだけが正解ではない、ということですね。
はい。キャピタリストの方々も、10年近く伴走する中で大企業との連携を進めてはいます。しかし、M&Aによって一歩深い資本関係を結ぶことで、技術がさらに大きく花開くこともあると感じています。現在できている先は限られますが、そういった事例を増やしていきたいですね。例えば、ある医療系スタートアップの事例などは、その良い例ではないかと思います。我々のファンドのイグジットの中で比べれば、この案件のパフォーマンスが最も高かったわけではないかもしれません。しかし、大手グループに事業が移ったことによって、今まで取引のなかった病院とか医療機関とかが結構門戸を開いてくれるようになったとは聞いています。技術を社会実装するという本来の目的を考えれば、こうしたM&Aの事例を増やしていきたいと思っています。
——UntroDの最終目標である「社会的インパクトの最大化」において、M&Aも重要な通過点の一つだと言えますね。
おっしゃる通りです。IPOもM&Aも、あくまで通過点に過ぎません。最終的にその技術が社会課題を解決し、社会実装される可能性が開けるのであれば、M&Aも極めて意義のある選択肢です。そうした事例を一つでも多く作っていくことが、我々の目的達成に近づく道だと信じています。
XIFが実を結ぶまで——そして新しいチームへ
——クロスオーバーインパクトファンド(XIF)では、どのような役割を担ってこられたのでしょうか。
1号ファンドのファンドレイズ(資金調達)は、東苑さんと二人でやり切りました。その後、メンバーも増えたので役割分担をしつつ、私個人としては、ファンド運営全般を担いながら、個別案件についてのソーシング~投資実行後のモニタリングも行っていました。キャピタリストが一人ひとり独立して案件に向き合うのに対し、我々はミドル・バックの機能をみんなで分担する「全員野球」のチームでした。
——この1年で、XIF1号の第一号投資先が上場しました。
はい。今年3月に第一号投資先のジェイファーマが上場し、8月の時点で投資先8社のうち5社が上場しています。立ち上げから見てきたファンドの投資先が、次々と市場に出ていくのを見届けられたのは、本当に感慨深いですね。
——9月には、XIF2号もファーストクローズを迎えました。
1号で積み上げてきた実績を、パートナーの皆さまに評価していただけた結果だと思います。一度の成果で終わらず、次の仕事へとつながっていく。そうした仕事の形が、ファンドという単位でも見えたように感じています。
——6月にはデットファンドも始動し、10月には会社の組織体制が変わりました。西田さんも「リアルテックファンド」チームへ移られましたね。
デットファンドは木村さんが中心となって立ち上げたもので、UntroDとして投資先に届けられる選択肢が、この1年で大きく広がりました。そのなかで私は、キャピタリストと同じチームで出口戦略を担う立場になりました。役割は変わりませんが、投資先ごとの状況をキャピタリストと日々共有しながら出口を考えられる環境になったのは、M&Aを強みとする私にとって大きな変化です。
——新しいチームで、これから取り組みたいことを教えてください。
シードから伴走してきた投資先が、IPOだけでなく、M&Aやトレードセールも含めて最もふさわしい出口を選べるようにすることです。技術を最速・最大で社会に届けるための出口を、一社一社、キャピタリストと一緒につくっていきたいと思っています。
「天邪鬼」が生んだ局所戦のキャリア
——これまでのキャリアについても詳しくお聞かせください。15年間のうち、一番長く在籍されたのはM&A仲介会社でしたか。
はい、仲介会社に13年、その後のFASに2年ですので、UntroDは3社目になります。
——学生時代からM&Aや金融の道を志していたのでしょうか。
いえ、全くそんなことはありません。大学は経済学部でしたが、所属していたのは経済史、つまり歴史のゼミでした。昔の本を読んだりするのが中心で、M&Aなどのビジネス系は商学部の領域だったので、全くタッチしていませんでした。知っている方がM&Aの仕事をされていたことから、就職活動のタイミングで、漠然とこの領域に興味を持ったというのが正直なところです。
——かなり唐突な出会いだったのですね。数ある選択肢の中から、なぜその道を選んだのですか。
当時、未上場企業のM&Aというのは、あまりやっている会社がなく、注目されていないマーケットでした。しかし話を聞いてみると、これからは企業のオーナーの高齢化が進み、事業承継問題が深刻化するとのことでした。つまり、マーケット自体はこれから確実に大きくなる領域だったのです。まだサービスを提供するプレーヤーが少なかったので、これから伸びる、自分の価値が出せる領域なのではないかと直感しました。
——メインストリームではなく、あえて未開拓な領域を選んだということでしょうか。
そうですね、私はあまり競争心のある人間ではないので(笑)。当時読んだ本の影響もあり、人が多く集まる主戦場で勝ち抜くよりも、まだ誰もちゃんと向き合っていない領域で、自分の手で何かを作っていきたいと思っていました。競合になり得るのは銀行や証券会社でしたが、この領域に関してはまだ十分なサービス提供ができていないという話でした。競争の中で勝ち抜くというよりは、まだ競争が少ないところで、苦労はあっても新しいマーケットを作っていきたい。そんな思いがあったのだと思います。
——その選択は、少し天邪鬼というか、独自の視点を感じさせますね。
おっしゃる通り、性格的には完全に「天邪鬼」なキャラです。私の出身大学だと、投資銀行などを受ける人が多いのですが、あえてそうではないところを探しました。ど真ん中のメインストリームを行くよりも、少し外側から、脇道から入っていくようなイメージですね。
——その「脇道から入る」スタンスは、まさにUntroDが必要としていた人材像と合致します。これまでの経験の中で、今の仕事につながる価値観や得意なことはありますか。
うーん、そうですね……。昔のエピソードとして誇れるようなものはありませんが、振り返ってみると、とにかく「局所戦」で戦ってきたことが多い気がします。M&Aのキャリアもそうですし、もっと遡れば大学受験の時もそうです。私の高3の時の偏差値は、英語が70、数学が60に対して、国語は30でした。とにかく英語と数学にリソースを寄せて戦う、極端な局所戦です。
——M&Aのお仕事でも、特定の領域に特化されていたのですか。
はい、途中からはずっと「建設業」に特化してやっていました。当時、建設業を専門にやっている人はほとんどいませんでした。リーマンショックやその後の政権交代で公共投資が止まり、業界全体が苦しかったことや、少し荒っぽい会社も多かったため、敬遠されていたのです。
——なぜ、あえてその厳しい領域を選んだのでしょうか。
建設業は、日本人1億2000万人全員が何かしらでお世話になっている、なくてはならない業界です。それにもかかわらず、給料が安かったり、労働時間が長かったりと、現場の方々は結構不遇な環境にありました。それを何とかしたい、という思いが強かったのです。結果として実績も上がり、チームとして立ち上げることもできましたが、基本はやはり「局所戦」から入っていくのが私のスタイルです。ディープテックのM&Aというのも、全体から見ればだいぶ局所戦ですので、そのあたりはつながっている気がします。
——永田さんがよく言う「Hardest Place(最も困難な場所)」での「Small Success(小さな成功)」という概念とも通じるものがありますね。「未踏(Untrodden)」というコンセプト自体が、西田さんの「局所戦」を一言で表しているようにも感じます。
はい、永田さんのその言葉を聞いた時、自分の人生を振り返って「まさにこれだ」と強く共感しました。永田さんの場合はスケールが大きく、私から見れば全然スモールではありませんが(笑)。私の場合、本当に小さなサクセスを積み上げていく、というのがキャラクターに合っているのだと思います。
「農耕的」な仕事観と未来への展望
——西田さんは、UntroDという組織の理念をまさに体現されているように感じます。今後、UntroDで成し遂げたいことや野望などはありますか。
野望と呼べるほど大それたものはありませんが、私は自分自身を「農耕的」な人間だと思っています。ディール系の仕事をしている人の中では珍しいかもしれませんが、自分がやった仕事がその後も続いていくことを大切にしたいのです。あの時このディールをやってよかったなと、手掛けた我々も、スタートアップも、大企業側も、双方が長く思い続けられる関係でありたい。長い目線で見て、関わった全ての人にとって良い結果が続くことが、私の中の価値観ではすごく大事なことです。
——その「農耕的」な価値観を象徴するようなエピソードはありますか。
実は、UntroDに転職してからも、10年前のお客さんが毎年連絡をくれるんです。当時M&Aで買収を支援した会社なのですが、買収した後、毎年その子会社の決算書を持って報告に来てくれます。「あの時M&Aしてもらった会社が、これぐらいの業績になりました」と。これは結構大きな会社さんなのですが、今までの仕事を振り返っても、最上位クラスに嬉しい出来事です。
——それは素晴らしいですね。成約して終わりではなく、関係が続いている証ですね。
はい。自分がやったことによって、そのお客さんとの関係が継続できていたり、手掛けた事業が残って続いていることが確認できる。それが個人的には何よりも大事なことだと、最近改めて感じています。ですのでUntroDでも、キャピタリストと一緒に支援したM&Aやトレードセールの案件が、長く世の中の役に立つものであってほしい。成長の角度がついたり、長きにわたって大きなインパクトが出たりするような案件ができれば、一番嬉しいですね。そうした仕事を一件一件、丁寧に積み重ねていきたいと思っています。
——そのような長期的な関係を築くために、仕事をする上で意識されていることはありますか。
難しい質問ですね……。20代の頃は、ああしよう、こうしようといろいろ意識しながらやっていましたが、最近はあまり意識せずに動いていることが多くて。昔のノートを見返そうかと思ったくらいです(笑)。ただ、キャリアを通じて一貫していることが、一つあります。スタートアップのM&Aは、通常の取引に比べて変数がものすごく多いのが特徴です。事業進捗の変数、株主の性質の違い、イグジットに対する考え方の相違など、カチッときれいに公式で解決できる話ではありません。その中で意識しているのは、「自分が腹落ちしたものをしっかり伝える」ということです。
——「腹落ち」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
M&Aの交渉では、どのタイミングで売るべきか、どの相手が一番いいのかという議論の中で、表面的な話になりがちです。シナジー効果などの提案も、机上の空論であることも少なくありません。本当にここと組んだらスケールできるのか、自分の中で何かしらの感触や腹落ち感がつかめるまでは、徹底的に検証したいと思っています。そこまで行って初めて、自分としても納得感のある交渉ができますし、相手にも熱意が伝わって行動に移してもらえると思うのです。
——AI時代だからこそ、自分の言葉で腹落ちしたものを伝える人間力が重要になりそうですね。
そうかもしれません。表面的な情報だけで意思決定させない、という点は強く気をつけています。
仕事を離れて——「30年後に、ちょっとでも感謝されたら」
——少し仕事を離れた質問です。UntroDを抜きにして、これからやってみたいことはありますか。
最近は、家族にかける時間が増えています。平日も夕方の送り迎えをしたり、土日も一緒に過ごしたり。何か特別なことをしているわけではないのですが、やっておいて30年後くらいに、ちょっとでも感謝されたらいいかなという気持ちで時間を使っています。
——足元のリターンは見えなくても、耕し続ける。ここでも「農耕的」ですね。
そうですね、足元では何のリターンがあるかは全く見えないですが(笑)。一方で、これからの人生で自分が何をやりたいのかは、まだあまり考えられていなかったので、これからは自分が楽しいと思えることも探していきたいなと思っています。
「知らないタイプの人間」と出会えば、世界は一気に広がる
——最後に、キャリアに悩んでいる方や、UntroDに興味を持っている方へメッセージをお願いします。
私などが言える立場ではありませんが、悩んでいる人がいたら、「ひとりの人間が見えている世界はすごく限定的だ」と伝えたいです。どの年齢であっても、さまざまな可能性があると思います。だからこそ、いろんな人に会ってみる、いろんな業界や会社を見てみるという「行動力」が大事なのではないでしょうか。
——UntroDに入って、その「世界」は広がりましたか。
はい、間違いなく広がりました。どの会社も「多様性」を謳いますが、UntroDほど考えの多様性、ベクトルの全く違う人たちが集まっている会社は初めてです。哲学的で言語力に長けたメンバーもいれば、ファイナンスバックグラウンドのディール人間もいる。室賀さんのように、どこから湧いてくるのか分からないほどの熱量でスタートアップに向き合う人もいます。同じ日本人でも、話す言語が違うのかと思うくらい、全然違う考えを持った人たちがいる。この歳になって、こういうことなのかと初めて実感しました。
——多様な人との出会いが、自分の可能性を広げるのですね。
そうですね。自分の知らないタイプの人間というのは、どこかに絶対います。そういう人と出会うことで、一気に世界が広がる感覚を味わえるはずです。メインストリームを歩くのも良いですが、我々のようなちょっと天邪鬼な道に入ってみるのも、一つの面白い選択肢だと思います。ぜひ、思い切って飛び込んでみてほしいですね。
——本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
西田 賢史
UntroD Capital Japan株式会社
リアルテックファンド ディレクター Portfolio Management
2023年にリアルテックファンドを運営するUntroD Capital Japanに参画。2026年10月より「リアルテックファンド」チームのディレクター(Portfolio Management)を務める。
ファンド全体のパフォーマンス管理や出口戦略立案・実行を担当。
UntroD参画以前は、約15年間M&A仲介会社及び会計系アドバイザリーファームにてM&A仲介・アドバイザリー業務に従事し、オリジネーションからエグゼキューションまで一貫して担当する。主に業種担当の責任者として、建設・製造・食品などの分野において多数の成約を手掛ける。
一橋大学経済学部卒。