「効く薬がないのではなく、薬が届かない」。がんがつくる壁を足場に変えて、難治性固形がんに薬を届ける「キャストバイオ」
UntroDインパクトストーリー|株式会社キャストバイオ 代表取締役 藤原 正明
いまや、治療によって病状をコントロールできるようになってきたがんも少なくありません。それでも、膠芽腫(脳腫瘍の一種)や膵がんのように、治療の選択肢が限られたままのがんがあります。
その理由を、株式会社キャストバイオ代表取締役の藤原正明さんは「効く薬がないというより、薬が届かない」と言い表します。がんは自らのまわりに「がん間質」と呼ばれる繊維質の層を積み上げ、それが壁になって薬を阻むからです。キャストバイオは、この壁を壊すのでも避けるのでもなく、薬を届けるための「足場」として使おうとしています。
20年近くをかけて築かれたこの技術を社会に出すために引き受けたのは、創薬ベンチャーを上場まで導いた経験を持つ経営者でした。壁を足場に変えるとは、どういうことか。そしてこの技術は、いつ、どのような形で患者さんのもとへ届こうとしているのか。じっくりと話を聞きました。
株式会社キャストバイオ
2026年3月設立。国立がん研究センター発ベンチャーである株式会社凜研究所からの新設分割により誕生した創薬スタートアップ。がん間質に沈着する「不溶性フィブリン」だけを認識する抗体と、その場所でのみ切断されるリンカーを組み合わせた抗体薬物複合体(ADC)「抗IF-ADC」を開発し、膠芽腫・膵がんなど、治療の選択肢に乏しい難治性固形がんの克服を目指す。代表取締役は藤原正明氏。
※注: ADC(抗体薬物複合体)は、がんの目印に結びつく「抗体」と、抗がん剤にあたる「薬剤」を、「リンカー」という部分でつないだ薬です。狙った場所まで薬を運ぶ仕組みで、近年のがん治療でもっとも研究が進む分野のひとつとされています。
がん細胞ではなく、その周りを狙う
――まずは、キャストバイオがどのような会社なのか、お聞かせいただけますか。
藤原正明(以下、藤原):生い立ちからお話しすると、国立がん研究センター発のベンチャーとしてスタートした凜研究所という会社があり、そこから、今後より注目されるアセットをカーブアウトして今年3月に立ち上げたのがキャストバイオです。
私たちが目指すのは、難治性のがんです。いまや多くのがんは、マネージ可能な治療領域に入ってきました。けれども膠芽腫や膵がんは違います。
そうした患者さんに対して、これまで当たり前とされてきた「がん細胞を叩く」のではなく、それを取り巻くがんの間質のほうをターゲットにして、がんの組織全体をやっつけてしまう。そういうコンセプトを持ってスタートした会社です。将来的には、いま手がけている抗IF-ADC(後述)が、いろいろながんに使われる世界を実現したいと思っています。
効く薬がないのではなく、薬が届かない
――難治性の固形がんは、なぜそれほど治療が難しいのでしょうか。
藤原:「効く薬がない」というより、「薬が届かない」のです。
がんは増殖するために、自分のまわりに血管を引き込みます。ところが増えていく過程で、自ら引き込んだその血管を突き破って出血する。体はそれを止めようとして血を固めます。固まった塊の主成分がフィブリンです。そして、止血プロセスの開始から間もなくそれを溶かす働きも動きだします。このとき出てくるのが、プラスミンという組織を溶かす酵素です。
この繰り返しで、がん細胞のまわりに繊維質の層が積み上がっていく。これが「がん間質」です。抗体のような大きな分子は、この壁を通り抜けてがん細胞まで到達できない。しかも、膠芽腫や膵がんに限らず難治性のがんほど、この壁が厚いのです。
――出血して、固まって、また溶けて、また固まる。つまりがんは、自分のまわりに、いつまでも治らないかさぶたのようなものを作り続けている、ということでしょうか。
藤原:もちろん、けがをすれば出血が起こり、止血が働いてフィブリンが形成されます。ただ、それは一時的なもので短期間で消えていく。ずっとフィブリンがあり続けるのは、がん組織だけです。だから私たちは、その間組織特異的に存在し続けるフィブリンを「足場」にしていこうと考えました。
※注:フィブリンは血液を固めるタンパク質です。このうち完全に固まりきったものを「不溶性フィブリン」と呼びます。キャストバイオの抗体は、この完全に固まった状態のものだけを見分けて結合します。固まる手前の状態や、分解されたあとのものには反応しません。この記事で「不溶性フィブリン」と書いているのは、いずれもこの完全に固まった状態を指しています。
――届かないこと以外にも、固形がんならではの難しさはあるのでしょうか。
藤原:もう一つあります。細胞は分裂していく間に、もともとの細胞とは違う形へ変異していきます。これをヘテロジェナイティ(不均一性)と言うのですが、そのために、効くはずだったがんが途中で変わってしまう。耐性を持った細胞が生き残り、大きな問題になる。場合によっては、治療そのものが変異を促進させてしまうこともあります。
血液がんであれば、血液中に抗がん剤を入れればいい。単純化すればそういう話です。けれども固形がんは、そうはいきません。届かないことと、標的が変異すること。この二つが重なって、諦めざるを得ない領域になっていた。私たちのコンセプトは、そのどちらにも別の角度から答えるものです。
※注:ここで挙げられた二つの難しさのうち、「標的が変異すること」への答えは、狙う相手をがん細胞ではなくその外側にある間質に置くことにあります。がん細胞そのものが変異しても、まわりに積み上がった間質は変わらないため、標的として変わりません。以降の章で語られるのは、主に「届かないこと」への答えです。
宛先に着いてから、はじめて封が開く
――壁を壊すのでも、避けて通るのでもなく、足場として使う。そこから何をするのでしょうか。
藤原:抗体分子は、もちろん目に見えないほど小さいもので、150キロダルトンという単位です。それに対して、運ばれる薬剤そのものは約700ダルトン。単純計算で200分の1ほどの大きさしかありません。
※注:ダルトンは分子の重さを表す単位です。150キロダルトンは15万ダルトンにあたります。抗体が、運ばれる薬剤より桁違いに大きいことを示しています。
つまり、抗体が通り抜けられない壁となっている間質を、この薬剤なら浸透していける。抗体は壁の外側に留まったまま、薬だけを放つわけです。放たれた薬は、がんを包んでいる間質全体に染み渡っていく。薬剤には脂溶性(油になじみやすい性質)がありますから、壁の内側にいるがん細胞の細胞膜から入っていきます。そして、がん細胞が分裂しようとするときに、その仕組みを壊して死滅させる。壁の外側から薬を放つことで、内側の細胞に、気がついたら薬が行き渡っているという環境をつくっていくわけです。
――ただ、がんを死滅させるような毒を運ぶわけですから、途中でこぼれたら大変なことになりそうです。放つタイミングは、どう制御しているのでしょう。
藤原:ここでプラスミン(組織を溶かす酵素)が効いてきます。抗体と薬剤をつないでいるリンカーという部分を、プラスミンに切らせるのです。プラスミンは、不溶性フィブリンができている場所およびがん細胞が増殖の為に正常組織に浸潤する際にしか活性がありません。だからこそ、確実にがんの間質でのみ薬が放たれる。この見事なロジックで作り上げられたADCは、難治性のがんに向き合ううえで非常に大きな可能性を秘めていると思っています。
――お話を伺っていると郵便物のようですね。抗体が宛先を読み、リンカーは封をしたテープ。届くまでは切れず、届いた場所にだけ置いてあるハサミで開封される。そんな理解でよろしいでしょうか。
藤原:まさにそのとおりで、宛先に着いて初めて封が開く。そこで初めて役割――伝達したい内容や発揮したい効果――が、正しい相手に届けられるのです。専門的にはDDS(ドラッグデリバリーシステム)――薬を配達するシステムと言いますが、まさに抗不溶性フィブリン抗体の役割はそこなんです。
※注:ここから登場する松村保広氏は、この技術のもとになる抗体をつくった研究者です。国立がん研究センターで長く研究を率い、キャストバイオの親会社にあたる凜研究所の取締役を務めています。11月からはキャストバイオの最高研究顧問に就任予定です。
――この発想は、どこから生まれたのですか。
藤原:松村先生からの受け売りになりますが、まだ抗がん抗体が世の中に存在しない頃から、EPR効果というものが提唱されていました。腫瘍のまわりでは血管がもろくなっていて、そこから大きな分子が外へ染み出し、しかも溜まりやすい。松村先生が1980年代に言われていたことです。
※注:EPR効果は、抗体のような大きな分子が、正常な組織よりも腫瘍のまわりに集まりやすくなる現象です。1986年に松村保広氏と前田浩氏(熊本大学)が発表し、狙った場所へ薬を届ける研究の出発点になりました(Matsumura Y. & Maeda H., Cancer Research 46:6387-6392, 1986)。/ここで、薬の道のりが二段階に分かれることを押さえておくと、以降が読みやすくなります。第一段階は「血管から腫瘍の組織へ出る」こと。EPR効果はこれを説明します。第二段階は「そこからがん細胞まで行き渡る」こと。この記事で「壁」と呼んでいるがん間質は、この第二段階を阻んでいます。
なので、抗体は腫瘍まで届きますが、そこから先の間質がどうしても邪魔になっている。それも先生は気づいておられた。だったら、送達することだけを考えればいい。がんの間質の周囲には、長期間、抗体が郵便屋さんとして働いてくれるだろう、と。では次に、そこで確実に開封してもらえるのは何なのか。調べた結果、プラスミンが必ずその場所にあることを見いだされた。プラスミンがVLKという配列を認識してハサミの役割をすること自体は、古くから知られていました。それをADC(抗体薬物複合体)に使うと考えたのが、いまにつながっています。
※注:VLKは、バリン・ロイシン・リジンという三つのアミノ酸の並びのことです。プラスミンはこの並びを見つけて切断します。リンカーの「切れる場所」が、この配列にあたります。
2000年代の初頭から、まずは不溶性フィブリンに対する抗体の取得を始められて、2011年頃にCAST(Cancer Stromal Targeting=がん間質ターゲティング)療法を提唱された。その時点で、いま申し上げたアイデアはすでにあった。それと抗体をつなげて、2012年に最初の特許が出願されています。
血液脳関門という、もうひとつの壁
――脳腫瘍にも届くと伺いました。抗体は大きいので脳には入れない、というのが長年の常識だったと理解しています。
藤原:脳は、薬を届けるという点では、ほかの臓器と比べて格段に難しい場所です。血液脳関門というものがあり、小さな分子でもなかなか中へ入れません。脳の血管はそれくらい、外との間に厳しいゲートを作っていて、許されたものだけが出入りできる。
それでも、そこですら超えていく。松村先生は1980年代にそう言われていました。血液脳関門は、体にとっていちばん大事なものを守る仕組みですから、なおさら驚かれるところです。バイオロジーを理解されている方からは、「ここはそんなに簡単にいかないでしょう、このバリアはそんなに越えられないでしょう」という質問を必ず受けます。
ただ、抗体が血管の外に出ていくのは、炎症が起きているとか、がんが誘導しているといったときに血管がルーズになるからです。そして、すでに一部の抗体医薬が血液脳関門を越えていくことは、まさに松村先生が40年ほど前に提唱されたことが、後になって証明されているわけです。
※注:脳腫瘍では、腫瘍が育つにつれて血液脳関門が部分的に壊れ、そこに前述のEPR効果が働いて大きな分子が入り込むと考えられています。つまりEPR効果は、間質を前にしたときは「そこから先へは進めない」という限界として現れ、脳では逆に「関門を越えて入り込む力」として働きます。
――関門を越えたあとは、どうなるのでしょうか。
藤原:今回はさらに、ただ染み出すだけではありません。抗体はDDSとして血管の外に出るだけでなく、血管とがん細胞の間に立ちはだかる間質の構成成分である不溶性フィブリンに結合し、足場を築きます。そうすることで、プラスミンによるVLKリンカーの切断を、より効率的に行っている。それによって、より安全に、より確実に、薬をがんの周辺まで届ける。そういう考え方です。
「よくこんなものを取れたな」――20年をかけてつくられた抗体
――同じ仕組みを狙っている会社は、ほかにもあるのでしょうか。
藤原:私たち以外に、不溶性フィブリンでADCをやっている会社は見当たりません。実は、この抗体を使いたいという研究者はたくさんいらっしゃって、研究用途に限ってご提供もしています。それくらい、「よくこんなものを取れたな」というものなんです。
※注:抗体を「取る」は、目的の相手にだけ結びつく抗体を見つけ出し、つくり上げることを指す、研究の現場の言い方です。
フィブリンは集まって固まっていくときに、構造が変わります。その変わったところだけを認識する抗体を取った。これは奇跡的ですし、画期的だと思っています。松村先生もタンパク質としては完全に同じものにも関わらず構造変化(不溶化)だけを認識する抗体が取れた時は驚いたと言ってます。
※注:この抗体と薬剤の組み合わせについては、ヒトの膠芽腫の組織を移植した動物モデルで、抗体につないでいないMMAE(薬剤単独)を対照として、優れた抗腫瘍活性を示したことが確認されています。また、膠芽腫の検体20例すべてで、標的となる不溶性フィブリンの沈着が確認されています。
――誰も通っていない道でもあります。そこにリスクは感じられませんか。
藤原:不溶性フィブリンができる過程そのものは、ヒトに限らず、生命体として当たり前の反応です。私が聞いている範囲では、硬骨魚類以上の生物はすべて同じ。エピトープ――抗体が実際に接触する、ごく狭い部分のことですが――フィブリンが重合したときに構造変化を起こす、その部分を、私たちの抗体は動物種を問わず認識します。
ですから、動物実験でもヒトでも、使う抗体は同じです。評価がしやすい。意図的にフィブリンを形成させたものに対して安全かどうか、といった実験も実際に行っていて、人工的に作った血栓モデルでは何も悪さをしないというデータも持っています。それくらい、安全性の評価もしやすい。実はそういうメリットもあるんです。
「それを1年でも延ばせたら」
――膠芽腫、膵がん。この二つを最初に挙げておられるのは、なぜでしょうか。
藤原:理由は単純で、これらは「5年生存率が10%以下」という、最も治療が難しいとされている病気だからです。
それを1年でも延ばせたら、これはすごいことになると思っています。とはいえ、そこを超えて完治まで――これは今後のチャレンジになりますが、論理的には十分いける可能性があると信じています。
――なぜ、この二つは早期に見つけることが難しいのでしょうか。
藤原:脳腫瘍や膵がんは、なかなか症状に出ないのです。気がついたときには、手術で取りきることが難しくなっている。膵がんの場合は、痛みなどの自覚症状がほとんどないことから、見つかったときにはもう手がつけられないことが多い。
――間質は、悪性度が高いほど厚くなると伺いました。
藤原:これまでの治療ではあきらめざるを得なかった、悪性度の極めて高いがんほど、間質は強く発達しています。私たちの戦略は、まさにそれを逆手に取るものです。従来は治療できなかった難治性のがんを、その厚い間質を足場にすることで攻略しにいく。
――この二つ以外のがんにも、広がっていくのでしょうか。
藤原:他のがんでもステージが進めば間質は発達していきます。スキルス胃がん、大腸がん、肺がん、乳がんのように治療のラインが何段階か整っているがんでも、最後の治療ラインを超えてしまえば治療法がなくなる。そこに光を当てられるものになれば――それが証明できれば、患者さんに非常に大きな福音を与えられるのではないかと思っています。
「新しいものを作る力は、私にはない」
――ここからは藤原さんご自身について伺います。創薬から事業化まで、一通り経験してこられました。まずはご経歴から聞かせてください。
藤原:最初は中外製薬の研究員でした。あとになって非常にラッキーだったと思うのですが、エリスロポエチンという、赤血球を増やすタンパク質製剤に関わることができたんです。貧血で階段の上り下りもできなくなってしまった方が、1週間で普通に歩けるようになる。当時は「それですぐ死ぬわけではない」と見られていた領域でしたが、そこで画期的な経験をさせていただいたのが、私のスタートになりました。
14年弱お世話になったあと、40歳を前にコンサルティングの世界へ移り、続いて医薬品開発の受託会社で組織のマネジメントも経験しました。そのときに巡り合ったのが、当時FTIでファンド設立に奔走されていた芦田耕一さんです。理化学研究所発のADLibシステムという抗体作製技術と出会い、2005年に芦田さんとカイオム・バイオサイエンスを立ち上げました。ここからが、私のバイオベンチャーのスタートです。おかげさまで6年10か月で当時のマザーズ市場に上場させていただきました。上場するまでも大変でしたが、上場した後のほうがはるかに大変だということを、身をもって体験させていただきました。
丸12年でカイオムを離れたあと、次に取り組むならAIと中枢――脳ですね――に関わるものがいいと思っていました。そこへ巡ってきたのが、柳沢正史先生の睡眠計測の事業です。脳波とAI解析による睡眠障害の診断。二つのキーワードが交わる話だったので、2017年10月に柳沢先生と共同でS’UIMINをスタートしました。S’UIMINでは資金調達と医療機器認証の取得を完了させた時点で、自分の役割を果たしましたので、2023年2月に退任しました。
――そして凜研究所へ。
藤原:ちょうどその頃、凜研究所が社長を探しているという話がありました。創薬ベンチャーは非常に厳しいという実感がありましたから、かなり考えました。それでも、まだ自分を必要としてくださっているということ。そして、間質を攻めるというコンセプト自体が非常にユニークで、これはもしかしたら世の中を変える可能性がある、と思ったこと。この二つで決心しました。2023年4月に凜研究所に加わり、翌年に代表になりました。
――松村先生が20年近くかけて築かれた技術を、発明者ではないご自身が引き受けられた。研究者ご本人が起業するケースが多いなかで、これは少し珍しい構図だと思います。どうお考えですか。
藤原:そういう意味では、カイオムのときもそうなんです。私はあくまでも、太田邦史先生が作られたADLibシステムの原理を知ったときに、「これは2週間でオーダーメイドの抗体が作れるんじゃないか」というビジョンが描けたからやりました。
私自身に、新しい技術やものを作る力はありません。ただ、それを世に出すことであれば、一定の貢献ができるかもしれない。それがカイオムのときのスタートでしたし、今回も同じです。
同時に、やはり松村先生の思いですね。一緒に働きたいと思える人であったことが、すごく良かった。2000年代の初頭から不溶性フィブリンの抗体を取られて、まさに20年をかけて具現化された。そのいい意味での執念深さと、本当に強い思いは、最初から感じていました。3年一緒にいると、「素晴らしいものを本当に作られたんだな」という思いは、ますます強くなりました。
出るはずの毒性が、ほとんど出なかった
――現在地を伺わせてください。直近ではラットやサルでの予備的な毒性試験を進めておられます。
藤原:私たちとして一番エンカレッジされたのは、サルの予備試験でいいデータが出たことです。
この種の薬剤には骨髄抑制――分裂の盛んなところにはどうしても毒性が出るという性質があり、それは定性的にはそのとおりでした。ただ今回、十分に薬効が期待できる用量まで上げても、比較的軽微な骨髄抑制しか出なかった。もう一つ言うと、出るべき毒性しか出なかったんです。
投与している動物に、体調を崩したり毛が抜けたりといった症状が出てもおかしくなかった。ところが食欲も落ちず、軽い貧血――貧血の少し手前ですね、赤血球が1割ほど下がるくらいで留まっていた。すごくいい結果が出たと思っています。
――抗がん剤の副作用は、患者さんの毎日の暮らしそのものを左右します。動物での試験とはいえ、そこが軽く済んだことは大きいのでしょうか。
藤原:もちろん、ヒトで検証しないと、本当の意味での安全性と効果は判断できません。ただ、ヒトに近いサルでの想定通りの結果が得られて半分ほっとしていますし、今後の本格的な前臨床試験へ進めればと思っています。
――今回の試験で確かめられたのは、どういうことだったのでしょうか。
藤原:今回のサル自体は、けがをして血栓を作っているわけでも、がんがあるわけでもない、正常な動物です。低用量では何も影響が見えませんでした。投与量を増やしていけば、異物を処理するマクロファージのようなものに取り込まれて、薬が分離して出てしまう。その一部が副作用として出ることは予測していました。ところが、思ったより高い用量まで持っていかないと、そのサインすら見られなかった。これが大きいですね。
試験管および動物を用いた実験では、血漿や血液のなかでも非常に安定だということを確認していました。今回の結果は、その想定どおりのものです。
一本の薬と、使い回せるリンカー。そして10年後
――事業の組み立ても伺わせてください。抗IF-ADCという一本の開発品と、リンカーの技術。この二つは、どういう関係にあるのでしょうか。
藤原:限られた資源は、抗IF-ADCの開発に注いでいきます。ただ、リンカーのほうは、この技術のためだけのものではありません。がん細胞を直接狙う既存の抗体につけても働きます。
こちらはマイセナックスというCDMO――医薬品の開発・製造を受託する企業ですが、そこにライセンスしています。台湾の会社で、10年以上のお付き合いです。非常に品質の高いADCを提供してくれています。現時点で私たちが特にアクションを起こさなくても、彼らが契約を取ってくれれば収入が入りますし、将来製薬企業とのパートナーシップの可能性も見えてくる。
――スタートアップとしての会社運営における重要課題をお聞かせください。
藤原:何よりも大事なのは、M&Aと言うExitまで全力で伴走できる人材の確保です。小さいが故に最適人材の獲得は慎重に進める事は肝に銘じていました。当初は2027年2月頃を目標に将来を託せる若手の採用を考えていましたが、松本生(いきる)さんと朝日尚(たかし)さんがそれぞれ9月、10月に参画されました。松本さんは昨年海外での事業開発活動で知り合ったのですが、大手製薬企業で2つのADCについて脳腫瘍での臨床試験をリードされた経験者で、「こんな方と一緒に仕事できたらいいな」と密かに思っていました。そしたら今年4月に松本さんからのLINEで、前職の会社都合で6月末に退職が決まっており、その後のキャリア相談を持ち掛けられたのです。直ぐに飲み会を設定して、その場で弊社への入社をお願いしました。朝日さんは第一三共で約18年間ADCの研究と開発の両方に携われた極めてレアなキャリアを持っていますが、UntroDのバリューアップチームである松澤さんに弊社への参画を導いて頂きました。ADCの世界でトップを走る環境の中でADCを知り尽くした朝日さんですが、CAST療法の斬新さに惚れ込んでくれて、直ぐに入社の意思を固めてくれました。それぞれ事業戦略推進部門のCOOと研究戦略部門のCSOとして、今後待ち受けるハードルを共にクリアしていきます。二人とも経験と潜在能力に加えて、誰からも愛される人物です。自画自賛に聞こえるかと思いますが、こんなタイミングで願っても無い逸材と巡り合えた自分自身の運の強さ、それを後押し頂いた松澤さんには驚きと感謝の念で一杯です。
――創薬に長い時間がかかることは承知のうえで伺います。患者さんに届くまでの時間軸は、どう見ておられますか。
藤原:私たちとしては、5年後に大手製薬企業へのM&Aを目指します。そこからさらに5年ほどは必要でしょうから、いまから約10年後には、世の中に、人に届けばいいと思っています。本当に新規性があって画期的なものであれば、より早いルートに乗る可能性もありますが、目安としては10年です。
M&A以降は、バトンを渡した製薬企業に任せることになります。ただ、その企業に「これだけの結果と情報があるなら、あとは任せておけ」と言わせる状況をつくっていく。そこまでが、キャストバイオの使命だと思っています。
――10年は、いま治療に向き合っておられる方にとって、短い時間ではありません。それでも進めていかれる。藤原さんご自身は、この薬をどれくらい信じておられますか。
藤原:万一にもなりたくはないですが、もし自分がそういったがんになってしまったときには、治験に手を挙げて参加したいと思っています。
UntroDコメント
光の当たっていない場所に、光を当てる
出資を決めた理由は3つあります。ひとつは技術の革新性です。不溶性フィブリンを標的にするという発想は、単に新しい標的というだけではありません。不溶性フィブリンの形成とプラスミンの発生は、がんが難治化していくプロセスそのものに本質的な役割を果たしている。そうした生物学的なメカニズムに着目した、非常に硬いサイエンスの上に立っています。
いま承認されているADCの多くは、がん細胞の表面にある目印を狙っています。ところがそうした目印は、正常な細胞にもある程度そなわっているために副作用が出やすく、また同じ腫瘍のなかでも目印を持たない細胞が混ざっているために効かない患者さんも出てしまう。FDAが承認したADCはすでに十数種類あり、開発中のものはさらに多い。そのなかで、ほぼすべての難治性固形がんに共通する「がん間質の不溶性フィブリン」を狙うという選択は、この二つの限界をまとめて越えられる可能性があります。しかも、治療の選択肢が限られている難治性のがんに対して、がん種を横断して展開できる。私はこれを、数あるADCの一つとは考えていません。がん治療のパラダイムを変えうる技術であり、事業としての可能性も大きいと考えています。
ふたつめは社会的な意義です。効果があるだけでなく、安全性が期待できることが大きい。単なる延命ではなく、生きることの質を下げない可能性がある。ここに大きな意義があると考えています。
みっつめは人です。松村先生というトップティアの研究者の技術であり、藤原さんは上場を経験されたシリアルアントレプレナーです。そこに、国立がん研究センターの優れた先生方が知見を重ねてくださっています。
この案件は、2つの意味でUntroDの言う「未踏」に当たります。ひとつは、難治性固形がんという、まだ薬のないところに薬を届けるという意味。もうひとつは、みんなが投資したくなる先であれば私たちが投資する必要はなく、私たちだからこそ投資する案件だという意味です。がんのアセットは数え切れないほどあり、一つひとつが何を言っているのか、どう違うのか、多くの人には理解が難しい。本アセットは、その中に埋もれてしまって、光が当たらない。そこに光を当てて価値を理解していただき、多くの投資家を巻き込んでいく。その点でも、UntroDらしいテーマだと思っています。
(UntroD Capital Japan株式会社 グロースマネージャー/株式会社キャストバイオ 社外取締役 藤本 辰彦)
藤原 正明(ふじわら まさあき)
株式会社キャストバイオ 代表取締役

聞き手|成田 真弥
UntroD Capital Japan株式会社 PR・ブランディング