「創業のエンジン」になる。大企業で新事業創出を伴走してきたキャピタリストが、創業前から研究者と歩む理由
UntroDメンバーインタビュー|リアルテックファンド シニア・アソシエイト 小笠原 諒
2025年10月、UntroD Capital Japanのリアルテックファンドチームに正式に参画した小笠原諒氏。前職の本田技研工業(Honda)では、社内の新事業創出プログラム「IGNITION」の企画運営と、事業化に向けた伴走支援に携わってきました。IGNITIONから生まれたスタートアップのうち2社には、リアルテックファンドも出資しています。2024年4月からの1年2カ月の出向を経て、キャピタリストへの転身を決めた小笠原。国際公務員を志した少年は、広告業界、Hondaを経て、なぜディープテック投資の世界にたどり着いたのか。「自分には技術も専門領域もない」と語るその強みは、何かを持っている人の挑戦を前進させること——研究者の「創業のエンジン」を目指す小笠原に、じっくりと話を聞きました。
起業の前から始まる投資
——まずは、現在の所属と役割を教えてください。
リアルテックファンドチームに所属しています。主なミッションは、シード・アーリーを中心とするリアルテック4号ファンドからの新規投資で、既存投資先のバリューアップ(事業開発支援)にも関わっています。新規投資と一口に言ってもいろいろありますが、私の場合は、創業前のチームとのコミュニケーションにかなり力を入れています。起業の前から対話を重ねて、創業とその先の成長について一緒に考え、起業のタイミングで「ぜひ投資をさせてください」と言える関係を築いておく。そうした早い段階からの関わりを、積極的に行っています。
——創業前からの支援というスタイルは、前職での経験とつながっているのでしょうか。
あまり意識したことはなかったのですが、結果的にはつながっていると思います。前職では新事業創出プログラム「IGNITION」に携わり、プログラムそのものの設計や改善、付随するプログラムの立ち上げをしながら、事業化に向けた伴走に一番力をかけていました。その経験が、アカデミア発シーズ等の創業前の段階はもちろん、シード・アーリーステージのスタートアップへの事業開発支援に生きていると感じています。
「ソフトからハードへ」という選択
——キャリアのスタートから聞かせてください。
新卒で入社したのは、サイバーエージェントグループで、インターネット広告を配信するシステムを企業向けに提供するマイクロアドという会社です。システムと営業の間にある企画・事業開発部門で、担当プロダクトをどう強くし、どう売っていくかを考えていました。営業の皆さんから新しい仕様や機能の要望を吸い上げて企画書を書いて実際のUI設計を行ったり、プロダクトを強くする手段としてパートナー企業を開拓し、交渉してシステムを連携させ、事業連携につなげたり。広告業界には4年ほど携わりました。
——そこからなぜ、Hondaへ移ったのですか。
人の日々の生活に、もっと直接関わる仕事がしたいと思うようになったからです。そもそも広告業界を選んだのは、広告には人の生活に彩りを与え、その人をハッピーにできる可能性があると感じたからでした。潜在的な購買意欲を刺激し、本人も気づいていない「これ、自分に必要かもしれない」に気づかせてくれるツールで、それによってその人自身や身近な人がよりハッピーになれる。そこに魅力を感じていたんです。ただ、働くうちに、広告を通じて届けられる価値と、自分が届けたい価値との間に、少しずつ距離を感じるようになりました。それなら、日々の暮らしに欠かせない、物理的なプロダクトを提供する事業活動で価値を発揮したい、と。「ソフトからハードへ」の転向です。Hondaに入る時には「Hondaにとっての新事業を作りたい」とはっきり思っていて、ちょうどドンピシャの募集があったのでそこに手を挙げ、採用されて配属されました。
風土づくりから、事業創出の伴走へ
——Hondaで最初に取り組んだのは、どんな仕事でしたか。
最初に取り組んだのが、「新事業創出のための風土づくりをする」というミッションです。新しい事業に挑戦しようとしている人は社内にたくさんいたのですが、なにぶん大きな組織なので、所属部門も地域もさまざまで、互いの連携をもっと強められる余地がありました。そこで、研究所や本社、地域を越えて集まる会議体をつくり、私はそうした人たちが日頃から情報共有や連携をしやすくするウェブプラットフォームの企画をメインで担っていました。
——結果は、どうでしたか。
ウェブプラットフォームは一旦リリースしたものの、私の力不足であまり運用には乗せられず——率直に言うと、失敗しました。その後、新事業創出プログラム「IGNITION」の担当になり、もともと研究所単体で行われていたプログラムを全社に展開する企画を担いました。全社展開後は、プログラムの運営と毎回のブラッシュアップ、そして事業開発の伴走支援を続けてきました。
遠くの世界から、身近な人の幸せへ
——ここからは、小笠原さんのルーツを伺います。大阪大学法学部のご出身ですが、なぜ法学部だったのですか。
法学部なのに、法律は修めていないんです(笑)。所属していたのは国際公共政策学科という、法学・経済学・政治学を自分の好きな配分で学べる学科でした。そこを選んだのは、国際機関で働きたい——国際公務員になりたいと思っていたからです。特定の機関を具体的にイメージできていたわけではありませんが、国連や国際的に活動するNGOなどで、世界に貢献したいと漠然と考えていました。
——その思いの原点は、どこにあるのでしょう。
振り返ると、小学生の頃からありました。テレビで流れる戦争や環境問題、飢饉、人権問題に強く反応する子どもで、ショックを受けては「こういうことがなくなったらいいのに」と思っていました。中高生になって進路という文脈で将来や自分のやりたいことを考えた時、国連などの国際機関で働くということが一番ダイレクトに課題に取り組めるのではないか、と自然と結びついたんです。生まれも育ちも愛媛県で、周りに国際的な仕事をしている人がいたわけではありません。唯一あるとすれば、母の妹である叔母がアメリカに住んでいて、身近に海外で暮らす人がいたことが、海を越えた外に目を向けるきっかけになったかもしれません。
——何か決定的な原体験があった、というわけではないのですね。
そうなんです。「これだ」という強烈な原体験は、正直ないんです。自分でも何かきっかけとなるような強烈な体験がなかったか振り返ってみるのですが、なんとなく気持ちがそちらに向いていて、気づいたら取り組みたいと思うようになっていた。昔から、周りのみんながハッピーでいてくれたらいいなと、自然に思う子どもだったのだと思います。
——その夢は、どこで変わったのですか。
大学3年生の時のアメリカ留学で、マインドチェンジがありました。それまでは漠然と「世界」「海外」に目を向けていたのですが、実際にアメリカで暮らしてみて、「待てよ」と。「海外で働くこと」=やりたいことではないし、そもそもなぜ、自分にとって身近でもない、正直に言って想像の域を出ない地域や人の課題の解決をしたいんだっけ?と振り返るタイミングがありました。課題は遠くだけでなく、自分の身近なところにもたくさんあるのではないかと。まずは身近な人たちの幸福や日々の生活に貢献することこそ、自分がやりたいことなのではないか——そう思うようになったんです。では、日々の暮らしに近いところで人を幸せにできる仕事は何か。そう考えて最初に選んだのが、人と、その人に必要なものとの出会いをつくるインターネット広告でした。子どもの頃の漠然とした思いが、自分がやりがいを感じられる「身近な世界」へと向かっていった。それが、今の仕事にもつながっていると考えています。
「UntroD以外の選択肢はなかった」
——広告、Hondaを経て、いまは気候変動や医療といった深刻な社会課題に挑むスタートアップを支援する立場にいます。一周して戻ってきたような感覚はありますか。
すごくあります。もしUntroDが社会課題の解決を掲げず、ゴリゴリにファイナンシャルリターンを狙うファンドだったら、絶対に入っていません。「社会課題を技術の力で解決する」というビジョンに共感し、そこに関われることに喜びを感じているから、今ここにいます。私自身は、何かの技術を持っているわけでも、特定の領域に専門家レベルでものすごく詳しいわけでもありません。それでも、キャピタリストとして、世界初の技術シーズで社会課題を解決しようとしている人たちと出会い、彼らを支援し、その世界観の実現に向けて一緒に動くことができる。自分にはないものを持っている人たちが、ここにはわんさかいるんです。その人たちと課題解決のために一緒に歩みを進められることは、自分がキャリアや人生で成し遂げたいことに、直結しています。
——出向を経ての入社でした。最終的な決め手は何だったのでしょう。
率直に言うと、UntroDで志を同じくして働く人たち、投資先の皆さん、そして仕事そのものに強く魅力を感じ、「この仕事をもっともっと極めることで、社会課題解決という目的の実現をより確かなものにしたい」と思ったからです。キャピタリストという仕事をやるなら、UntroD以外の選択肢は正直ありませんでした。他社との比較検討も全くしていません。この人たちと理念を共にし、その理念を達成するためにもっと深く関わりたい。出向期間中に投資実行させていただいた投資先や関わらせていただいた投資先の皆さんとももっと関係を築き、彼らの歩みに寄り添いたい。そう強く思いました。これはもしかしたら私自身のエゴかもしれませんが、その結果ひとつでも多くの素晴らしい技術シーズ・事業の芽が社会実装されるのであれば、それは本望です。
——1年2カ月の出向期間、中から見てきたUntroDのチームは、どんな人たちでしたか。
皆さん、人間的に本当に魅力的です。このファンドをやる意義を一人ひとりが自分なりに解釈して、そこに対してバリューを発揮している。一人ひとりに解きたい課題や注力したい領域があって、その課題解決や価値提供に人生をかけている人たちばかりです。お金のために働いている人は、正直、本当にいないと思います。投資先のため、創業前チームのため、もっと言えば社会のために何ができるか。その達成手段の一つとして、キャピタリストという仕事をしている。とにかく、素敵な人たちだと思っています。
軸は、「人の生活」のサステナビリティ
——多様な社会課題に関われる今、特に情熱を注ぎたい分野や課題はありますか。
今後の軸にしたいのは、ビッグワードで言うと、サステナビリティ——持続可能性です。この言葉は主にエネルギーや環境問題の文脈で使われていると思いますが、私はそれだけではないと考えています。私にとってのサステナビリティの基盤は、人の生活です。一人ひとりの生活や未来が持続可能であること。しかも、ただ続くだけではなく、より幸せであること。そう考えると、次世代に何を残せるか、ということにも関わってきます。あえて対比で言えば、「ある産業のこの工程を100倍効率よくします」「コストダウンで導入先企業にこんなメリットが生まれます」というものには、あまり強くは心が惹かれません。その技術やサービスが誰かの生活に欠かせない部分を改善できるか、その人が迎える明日がより良いものになるか。一人ひとりの生活に良い影響を及ぼすものに、強く惹かれます。それがどの領域かは、まだ探索中です。あえて定めずに、広く見ていきたいと考えています。
大学発、大企業発、そして医療機器——これからの3つの挑戦
——キャピタリストとして、これからUntroDで成し遂げたいことを教えてください。
注力したい領域が、主に3つあります。1つ目は、大学の研究者の方々の創業と、その先の社会実装のエンジンになることです。直近でも、あるギャップファンドの事業化推進機関として、研究チームと一緒に申請書を作ったのですが、この仕事が大好きなんです。どんな計画にすればこのチームの魅力、技術の魅力、事業構想の魅力を最大化でき、どうすれば他の人にその魅力を伝えられるかを一緒に考えることが大好きで。投資先の資金調達でも同じです。どんなストーリーを描き、どんなステップで社会実装する計画なのか。それをどう伝えるか、どう他の投資家を集めるかを一緒に考えて形にしていく。創業前も創業後も、共通しています。このプロセスが好きなので、素晴らしい技術シーズを持つ研究者の先生方が前に進むための活動を、より一層やっていきたい。いわゆるゼロイチの領域です。
——2つ目は、何でしょう。
大企業からのカーブアウト・スピンアウトを、もっと生み出していくことです。大企業にいた経験から思うのは、あの規模の会社には、すごく光るものを持った人たちがたくさんいて、付随してものすごい技術が眠っている、ということです。中には、スタートアップとして外に出ることで、社会により大きなインパクトを届けられる人や技術があります。そうして生まれたスタートアップが、出身企業と新しい形で連携していくこともあるはずです。だから、大企業とスタートアップエコシステムの間で、人や技術がもっと活発に行き来できるようにしていきたい。社内の事業創出プログラムのような仕組みは、今いろいろな企業が作ろうとしていたり、すでに持っていたりします。そこにVCとしての関与を深め、VCが大企業のスピンアウトプログラムに当たり前のように関わって、一緒に事業を前に進められる環境をつくっていきたいと思っています。
——3つ目は。
まだこれからの話ですが、医療機器です。人の生活のサステナビリティに直接関わるジャンルだと考えています。UntroDには医療・創薬のすごく強いチームがすでにいて、そこに私の出る幕はないのですが、医療機器は、UntroDとしての出資実績もまだ多くありませんし、業界の中でもVCの出資先としては難しい領域だと認識されていると理解しています。だからこそ、まずはUntroDとして出資しやすくなるガイドラインや、成功事例をつくるところから、粛々と検討を進めたいと思っています。
「あなたは、何がしたいのか」を問い続ける
——お話を伺っていると、可能性のある人や技術を開花させたい、という思いがとても強いように感じます。
そうだと思います。前職でもずっとそれをやっていましたし、今も基本的には同じ仕事をしていると思っています。何か光るものや熱いパッションを持っている人の挑戦を、どうやったら前進させられるか。それをとことん考え抜いた上で、相手と一緒に歩みを進めていくという姿勢や粘り強さが自分の強みだと思っています。誰かが持っている素晴らしいものを、形にしていく力になることが何よりも喜びです。
——その伴走支援で、これだけは気をつけている、ということはありますか。
あります。ずっと変わらず第一に置いているのは、「あなたは何がしたいのか」を問い続けることです。事業を一番前に進めたいのはそのチームや代表の方自身であり、彼らが人生を賭けて実現したいことは何か?ということを問い続け、その実現に向けて私自身にできることは何か?を問い続けることです。私がやりたいことではなく、チームの皆さんが本当にやりたいこと。一緒にやっていく中で「それはちょっと違うのでは」と思うことはあります。その時はデータやロジックを示しながら率直に伝えますが、自分の考えは絶対に押し付けないように気を付けています。チームの考えと私の考えが少しすれ違っていたとしても、それが本当にそのチームのやりたいことであり、一定のデータやロジックに納得できるなら、自分の頭を切り替えて、「それを実現するには、こういうやり方があるのでは」と一緒に考える。チームや代表の方がやろうとしていることを否定せず、どうすれば実現できるかを一緒に考える。そのスタイルは、ずっと貫いています。
——その根底には、可能性を持つ人へのリスペクトがあるのですね。
それは、絶対ですね。基本的に、答えはその人やチームの中にすでにあるものだと思うんです。私の仕事は、それをいかに引き出して、数十倍、数百倍に発展させられるか。持っているもの、隠れているものをどうやったら引き出せるか——そこに、常に注力しています。
座右の銘は、「なるようになる」
——最後に、キャリアや生き方に悩んでいる方へ、ご自身の経験からメッセージをお願いします。
大層なことは何も言えないのですが、一つ挙げるとしたら、座右の銘が「なるようになる」なんです。一般的にはどちらかというとネガティブに捉えられる言葉かもしれませんが、私はかなりポジティブな言葉だと思っていて。何もやらなければ、何もやらないなりになっていく。逆に、その人自身が何かを目指し、想いを描いて行動を起こせば、それは必ず何かにつながる。少し歯の浮く言い方をすると、想いと行動で未来は変えられる、ということです。冒頭で、小さい頃の想いが今の仕事につながっているという話をしましたが、結局そういうことだと思うんです。想いをぶらさずに持ち続ければ、100%思い描いた形ではないにしろ、どこかで必ず行きつくべきところに行きつく、返ってくる。
——「人事を尽くして天命を待つ」とは、少し違うのでしょうか。
ニュアンスは違うかもしれません。私の「なるようになる」は、ネガティブなことも含んでいるんです。何もしなければ何も起きないし、やったらやった分だけ返ってくることが保証されているわけでもない。けれど、やれば何かしら必ず、次につながる。期待した結果が得られなかったということは、自身の努力や行動が足りなかったという自省につなげられる。予期せぬ出会いや波乱も含みつつ、基本的にはポジティブで、想いを持って行動すれば、その結果はきっと返ってくる。だから、やりたいことがあるなら、それを持ち続けて、考え続けて、可能であれば行動を起こしていく。自身の行動や想いに見合った結果が必ず返ってくると思います。
——本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
小笠原 諒
UntroD Capital Japan株式会社
リアルテックファンド シニア・アソシエイト
2025年にリアルテックファンドを運営するUntroD Capital Japanに参画し、主に投資実行から投資後の事業支援を担当。2026年10月より「リアルテックファンド」チームのシニア・アソシエイトを務める。
IT系ベンチャーを経て2018年に本田技研工業株式会社(Honda)に入社。Hondaでは社会課題解決のための新事業創出プログラム「IGNITION」の企画運営・事業開発伴走支援に従事し、アイデア創出初期段階からの顧客検証・事業計画策定・VCからの出資獲得等の一連の事業創出の取組支援を行う。
大阪大学法学部卒。