「全身全霊で挑んだ勲章を、死ぬまでに積み上げたい」。証券会社を経て辿り着いた、IPO後の“死の谷”を越える真剣勝負
UntroDメンバーインタビュー|ファンドマネージャー 松尾 祐樹
証券会社の投資銀行部門で9年。公募増資案件中心に数え切れないほどの資金調達案件を手がけてきた資本市場のプロフェッショナルが、2025年10月、UntroD Capital Japanのファンドマネージャーに——。なぜ不確実性の高いディープテック投資の世界へ飛び込んだのか。その答えを辿ると、「真剣勝負」「ランナーズハイ」、そしてIPO後に成長が止まる「死の谷」という、松尾祐樹という人物を貫くキーワードが見えてきました。「全身全霊で挑んだ勲章を、死ぬまでに積み上げたい」と語る33歳に、じっくりと話を聞きました。
キャピタルマーケットの知見を、未踏領域の社会実装へ
——まずは、松尾さんの入社時期と、現在の業務内容を教えてください。
2025年10月にUntroDのファンドマネジメントチーム(FMT)に入社しました。2016年4月から証券会社の投資銀行部門に在籍し、約9年間、投資銀行業務(大企業向けのM&Aアドバイザリーや資金調達業務)に携わってきました。特に長かったのが不動産やJ-REITを担当するチームで、公募増資案件のエグゼキューションを、それこそものすごい数こなしてきました。現在は出向者を含めて5、6名ほどのチームで、ファンド運営に関わる業務全般を担っています。
——チームの中では、どのような役割を担っているのでしょうか。
主にクロスオーバー・インパクトファンド(XIF)における、ファンドレイズに向けた資料作成やデータ分析、そして投資案件のソーシングやデューデリジェンスといった遂行支援です。その中で強く意識しているのは、証券会社サイドでIPOの引受業務を見てきた経験を最大限に活かすことです。VCにとってIPOは投資回収の主たる手段の一つですが、VC側から見るIPOと、証券会社・資本市場の側から見るIPOとでは、評価の視点が大きく異なるのです。
——具体的には、どのような視点のズレがあるのでしょうか。
スタートアップの成長論理と、厳しいパブリック市場が求める収益性やガバナンスの基準には、多々違いがあります。ただ、考え方が違うと感じたときに真正面から指摘してしまうと角が立ってしまう。うまくフレーバーを加えながら、資本市場のリアルな見方をスタートアップ側に伝えていくのも、私のミッションの一つだと思っています。
以前のUntroDではキャピタルマーケットを熟知した人間がいないという課題があったので、私の経験値はこのファンドで十分に活かせると思いましたし、このファンドが今の日本にとって絶対に必要だと思いました。
——クロスオーバーインパクトファンドは、なぜ今の日本に必要なのでしょうか。
日本のスタートアップエコシステムでは、上場後の成長資金の枯渇が深刻な課題だからです。レイトステージから上場後までをシームレスに支える仕組みが、市場全体として圧倒的に不足しています。IPOを果たしても、その後成長軌道に乗れずに停滞し、消えていく企業が数多くある。事業のポテンシャルがありながら、資本市場との対話不足で適切に評価されないケースも散見されます。だからこそ、私の知見を還元して、投資先の価値向上を支えていくことが重要なミッションだと考えています。
コインの表と裏——数万人の金融グループから、数十名のベンチャーへ
——大組織からベンチャーへ、環境は大きく変わりました。入社してみて、いかがですか。
驚きの連続ですね。今は在宅勤務も柔軟に選べますし、Tシャツのようなカジュアルな服装で業務をすることも多い。前職では、逆にスーツ以外を見たことがないような環境でしたから、この落差にはまず驚きました。ただ、服装の自由さは表面的なことのようでいて、実は示唆的だと思っています。大組織の中のワンオブゼムだった頃と、数十名の組織とでは、金融機関としての意思決定のスピードがまるで違うのです。同じ金融でありながら、コインの表と裏を同時に見ているような、不思議な感覚があります。
——チームの雰囲気は、いかがですか。
皆さん本当に話しやすく、人柄に恵まれた方ばかりです。上下関係が明確な体育会系ではまったくなくて、「思っていることを言いなよ」と、率直な発言がむしろ推奨されている。年次や役職、人事評価の権限を持つ相手に忖度する必要がまったくありません。心理的安全性が非常に高く、プロフェッショナルとして働きがいのある環境だと感じています。
小判鮫の先入観を覆した、「IPO後の死の谷」を埋めるファンド
——証券会社、投資銀行の出身者にとって、VCは一般的な転職先なのでしょうか。
正直に言うと、IBD(投資銀行部門)出身者のよくある転職先はプライベート・エクイティ・ファンドで、VCは当初、私の選択肢にまったく入っていませんでした。スタートアップ投資は、まだビジネスとして確立されていない領域に資金を提供する、不確実性の高い世界です。言葉を選ばずに言えば、VCとして勝ち筋に乗るには、IPO有望銘柄に小判鮫のようにくっついていく投資をしないといけない——そんな先入観がすごく強かったんです。
——その先入観は、どう覆ったのですか。
関係者からクロスオーバーインパクトファンドの構想を聞いたことがきっかけでした。このファンドは親引け前などのレイターステージから入り、IPOして間もない企業までを一貫してサポートする。上場後のパブリック市場までシームレスに資金を供給するファンドは、日本にほとんどありません。IPOしても鳴かず飛ばずのまま消えていく企業が、数多く出てしまっている——証券会社時代に裏側から見てきたその「死の谷」を、まさに埋める存在なのだと理解しました。そしてそこでは、キャピタルマーケットでの経験値を持つ人間が活きる。この未知の世界に身を投じてみるのも、面白い挑戦だと思えたのです。
——採用プロセスの中で、印象に残ったことはありましたか。
ビジネスとして儲かるか否かという基準に、プラスアルファの価値を求めている。トップの永田さん自身がそうしたフィロソフィーを持ってファンドを作っていることに、自分と深く通じるものを感じました。パブリックとプライベートの垣根を越えて、社会課題の解決に真正面から挑む姿勢。それは採用プロセスでお会いしたどの方からも感じられて、共鳴が深まっていきましたし、私が求めていた「より直接的な社会貢献」の道だと感じるようになりました。
「夢を持って仕事をするのは、君の最大の強みだ」
——ここからは、松尾さんのルーツを伺います。学生時代は、どのような進路を考えていたのですか。
学生時代から、社会に貢献したいという思いは強く持っていました。国の政策立案の中枢を担う官僚というキャリアに魅力を感じていた時もありました。一方で、証券会社の投資銀行部門が持つ、株式市場のダイナミズムにも強く惹かれる自分がいた。最後は悩み抜いた末に、その躍動感を選びました。
——進路に迷う中で、影響を受けた言葉はありましたか。
忘れられない言葉があります。就職活動に対する取り組み方として、中高の同級生のお父様に相談した事があるのです。そのとき私は、「幼いと言われるかもしれませんが、夢を持って働きたい。やるからには、プライベートを捨ててでも自分のエネルギーを全身全霊で傾けられる仕事に就きたい」と打ち明けました。するとその方は、「それは全然恥ずかしいことではないし、君の本質だと思う。夢を持って仕事をするのは君の強みだから、それを思い切り活かせる仕事を探した方がいい」と言ってくださった。あの言葉には、今も背中を押され続けています。
真剣勝負の楽しさは、ランナーズハイに似ている
——幼少期は、どのような子どもでしたか。
出身は東京都の目黒区です。母が気を遣っていろいろな習い事を与えてくれましたが、何かに猛烈に熱中したわけでもなく、気がつけば中学受験の沼に呑まれていた、ごく普通の学生でした。ただ、一つだけ人と違ったかもしれないのは、高校でも大学でも「早く社会人になりたい」とずっと思っていたことです。この話をすると、皆さんに驚かれるんですけどね(笑)。
——それは確かに珍しいかもしれませんね。なぜですか。
学生は基本的にお金を払って学ぶ立場で、構造上どうしても「お客さん」になりがちだからです。漫画やゲーム、友人とのカラオケも人並みに楽しんできましたが、私にとってそれは暇つぶしであって、メインではない。主体的に価値を生み出すプロフェッショナルとして真剣勝負の場に立つほうが、大変な反面、遥かに楽しくてやりがいがあると思っていました。
——なぜご自身がそこまで「真剣勝負」にモチベーションを感じるのか、言語化できている部分はありますか。
仕事の本質的な楽しさは、ランナーズハイに似ていると思うんです。ヒリヒリするような状況の中で、自分だからこそ果たせる社会的責任を感じながら、誠心誠意やり切る。そこに究極の価値を見出しています。適当に妥協すれば、後から振り返ったときに必ず後悔します。逆に真剣勝負でやり切れば、結果がどうであれ「駄目だったけど、いい思い出だ」と思える。そういう勲章のようなものを、死ぬまでにたくさん積み上げていきたいんです。
——「これだけは誰にも負けない」という強みはありますか。
人間的な性質で言えば、どんな局面でも絶対に逃げないこと。そして、どれほど厳しい局面でも、感情的になってぶち切れたりしない自信があります。与えられた場所でベストエフォートを尽くし、可能性がある限り、持てるものすべてを注いでギリギリまでやり切る。そのスタンスを忘れないことが、私の強みだと思います。
——その姿勢は、9年間の証券会社時代にどう鍛えられたのでしょうか。
ひたすら試行錯誤の連続でした。相手が本質的に何を求めているのかに思いを配りながら自分なりの答えを紡ぎ、外して怒られて、もう一度出し直す。それを9年間、続けてきました。うまくいったのは、コミュニケーションを重ねる中で、相手本人さえ気づいていない良さを「本当はこうしたいのではないですか」と言い当てられたときです。それが深く刺さって、「松尾さんだから」と仕事を任せていただけたこともありました。逆に失敗は、リサーチが不十分なまま面談に臨み、「松尾は全然うちの会社のことを分かっていない」とクレームをいただいたことです。事前に2、3分でも準備すれば掴める要点を、忙しさを言い訳に掴みにいけていなかった。やっつけ感や疲れている感は、言葉の端々に必ず表れます。見ている人は、見ている。その怖さと大切さを、骨身に沁みて学びました。
5年先の日本を「タイムリープ」して覗き見る
——かつて恩人の経営者に語った「夢」と今の仕事は、どうつながっていますか。
入社してから、いろいろな企業が「出資してくれませんか」と、向こうから来てくださいます。証券会社では逆で、こちらから行かなければ取れなかった情報が、向こうからやって来る。お話を聞いてみると、まだ売上の立っていない研究開発途上の技術でも、実用化されたら日本の産業が本当に変わるな、というものがあるんです。5年先、10年先のあるべき日本の姿を、ちらっとタイムリープして覗き見しているような感覚——1980年代の子どもが、2000年の日本を覗いているような感覚ですね。すごくワクワクしています、全身全霊で挑むに値する仕事だと感じています。
——特に印象に残っている領域はありますか。
親族に医療関係者がいたこともあり、生死に関わる医療現場の話を日常的に聞いて育ったこともあり、医療分野には特別な思い入れがあります。その技術がなかったせいで、過去には救えなかった命があったかもしれない。それを未来には救えるかもしれない——そう思える技術に出会うと、胸が熱くなります。以前にカーボンナノファイバーの工場を見学して、実際に素材を触らせてもらいましたが、こんなに軽くて丈夫な素材が航空機に使われたら、もっと燃費のいい飛行機を日本発で作れるのではないか——そんな妄想が膨らみました。「大人の社会科見学」ではないですが、本当に楽しみながらやらせてもらっています。数値だけでは議論できない世界があって、そこを埋めてくれるのが、現地で見て、触れて得る実感なんです。
「UntroDが入っているからこそ」の成長ストーリーを、日本のモデルケースに
——今後、ファンドマネジメントチームで、そしてUntroDとして成し遂げたいことを教えてください。
まずは担当者として、投資からイグジットまでの一連のプロセスを、責任を持って回せるようになること。そしてファンドレイズという、バイサイドの人間に必要な一連の動作を身につけることです。その上で成し遂げたいのは、「UntroDが入っているからこその成長ストーリー」の確立です。スタートアップのIPOとその後の資本政策が、日本の株式市場における成長の物語になる。UntroDの投資先が、資本市場の知見に裏打ちされた助言を受けて、上場後も継続的にバリュエーションを伸ばして成長していく。そのモデルが他のVCや日本全体の投資の参考になって、どんどん発展していく。そういう先駆的な存在であり続けることが目標ですね。
感性に耳を澄ませば、ご縁が引っ張ってくれる
——最後に、キャリアや生き方に悩んでいる方へ、メッセージをお願いします。
高校を卒業して15年ほど経ちますが、中高の同級生達の歩みを見ていると、キャリアはその人が本来持っている興味や関心の方向に収斂していくように思います。だからこそ、自分の内側から湧き上がる欲求や、直感的な感性を何よりも大切にしてもらえればと思います。あとは、ご縁が、周りがあなたを引っ張ってきてくれます。
皆さんもぜひ、ご自身の感性を大切にしながら、目の前の真剣勝負に全力で取り組んでください。きっと、素晴らしいご縁が紡がれていくはずです。
——本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
松尾 祐樹
UntroD Capital Japan株式会社
ファンドマネージャー
2025年よりUntroD Capital Japan株式会社にファンドマネージャーとして参画。大学卒業後、2016年より日系証券会社の投資銀行部門にて勤務。PEファンド・総合商社、J-REIT・デベロッパー業界におけるカバレッジバンカーとして数多くの株式・債券の引受案件およびM&A案件のオリジネーションおよびエクゼキューションに従事。特にJ-REIT業界では多くの株式引受案件に従事し、資本市場に関する専門的知識を有する。慶應義塾大学経済学部卒。