ファイナンスを経営の一手段と捉え、日本のディープテックに「デットファイナンス」という武器を届ける
UntroDメンバーインタビュー|ファンドマネージャー 木村 健
日本政策投資銀行でインフラ金融に携わり、学生時代からのメンターである永田暁彦(現UntroD代表)に誘われてユーグレナで経営戦略と財務を担い、PwCアドバイザリーを経て、蓄電池スタートアップPowerXの経営企画責任者へ——。デットとエクイティ、資金の出し手と受け手、金融と事業、その双方を行き来してきた木村健氏が、2025年、UntroD Capital Japanにファンドマネージャーとして参画しました。2026年6月29日にファーストクローズを迎えたディープテック特化のベンチャーデットを提供する「リアルテックデットファンド」の立ち上げ責任者と、「クロスオーバーインパクトファンド」の運用を担う木村氏は、なぜ安定したキャリアではなく、「未踏」の領域への挑戦を選んだのか。その根っこには、都市計画から学んだ大局的な経営観と、社会課題に対する静かな怒りがありました。金融と事業の双方を深く知る稀有なキャリアの持ち主に、じっくりと話を聞きました。
ファイナンスは、経営の一つの手段でしかない
——まずは、現在のUntroDにおける木村さんの役割と、具体的な業務内容についてお聞かせください。
私は現在、UntroD Capital Japanのファンドマネジメントチームにおいて、主に2つの役割を担っています。1つ目は2026年6月にファーストクローズを迎えた、ディープテック特化のベンチャーデットを提供する「リアルテックデットファンド」の立ち上げ責任者としての役割です。そして2つ目は、2024年に設立された「クロスオーバーインパクトファンド」の運用担当者(ファンドマネージャー)としての役割です。
——それぞれのファンドでの役割や、会社全体・部署内において具体的にどのような側面を担われているのか、もう少し詳しく教えていただけますか。
そもそもUntroDは、2015年にディープテック特化型ファンドとしてスタートし、創業期(シード・アーリーステージ)の企業を支えることから始まりました。しかし、10年間の活動を通じて、ベンチャー業界全体に2つの大きな課題が浮き彫りになってきました。
その課題の一つが、上場直前の「ラストワンマイル」を押し上げるための資金、すなわち「ラストブースター」となる資金が市場に不足しているという点です。ここを支援するために立ち上がったのが「クロスオーバーインパクトファンド」であり、私は2025年2月にUntroDにジョインして以来、このファンドマネージャーを務めています。
私自身、かつて株式会社ユーグレナという上場後のベンチャー企業で財務責任者を務めたり、直近では未上場のスタートアップであるPowerXで経営企画責任者を経験したりしてきました。上場そのものの実務経験はありませんが、その前後のフェーズにおける企業の状況や、成長のために何が必要かを肌感覚として理解しているつもりです。そうした「上場前後を見てきた人間」としての経験を活かし、投資先企業の支援やファンド運用に携わっています。
もう一つの課題が、デットです。「リアルテックデットファンド」については、私のキャリアの原点が銀行員であること、そしてユーグレナやPowerXにおいて、エクイティ(株式)調達だけでなくデット(借入)調達も積極的に活用してきた経験が背景にあります。
融資の「出し手」と「受け手」、その両方の立場を経験している強みを活かし、ディープテック領域をデットの側面からも支えたい。以前から抱いていた「どうすればディープテック企業がもっとデットを活用できるのか」という個人的な問題意識と情熱を、責任者としてこのファンドの立ち上げに注ぎ込んでいます。
——お話を伺う限り、特定の狭い専門性というよりは、経営視点から見たファイナンス戦略や、仕組みづくりそのものに専門性や関心をお持ちのように感じます。
おっしゃる通りです。私は「ファイナンスとは経営における一つの手段でしかない」と考えています。
銀行員としてキャリアをスタートさせた後、現在のUntroD代表である永田と一緒に、ユーグレナの経営戦略部で働いた経験が、私の視座を大きく引き上げてくれました。それまでは銀行員としてファイナンスありきで会社を見ていましたが、「会社が実現したいこと」を成し遂げるためにファイナンスという機能が存在する優先順位を体感することできました。一方で、お金がなければやりたいことも実現できない、会社経営上の重要性も同時に痛感することができました。
この両輪を回していくことこそが、ユーグレナ時代以降、私のキャリアを通じて一貫して取り組んできたテーマです。9年ぶりに金融機関であるUntroD Capitalに戻ってきましたが、単なる金融の専門家としてではなく、「経営を実現するためのファイナンス」という目線で、投資先や融資先の支援を行っていきたいと考えています。
税収最大化の「レゴのまち」の失敗——“planning is everything”の原点
——その独自の専門性に至るまでの経緯が気になります。ご出身や学生時代について教えてください。
出身は神奈川県川崎市で、これといった特徴のないベッドタウンで育ちました。大学は慶應義塾大学の経済学部に進学しました。
実は、私の父が公認会計士だったこともあり、また学部の雰囲気としても「経済学部といえば会計士」というような空気があったため、私も流されるように会計士を目指しました。しかし、2回受験して2回とも失敗してしまいました。
今振り返ると、落ちた理由は明白でした。「なぜ会計士になりたいのか」という問いに対して、自分の中で腹落ちしていなかったからです。本当に身が入っていなかったのだと思います。
——そこからどのようにして、現在のキャリアにつながる道を見出されたのでしょうか。
大学4年の時、一度は就職活動をして外資系戦略コンサルティングファーム(後に3社目で入社することになるPwCアドバイザリー)から内定をいただいていました。しかし、「なんとなく受けて、なんとなく受かってしまった」という感覚が拭えませんでした。
「自分は本当に何がやりたいのか」を改めて考えた時、学生時代のアルバイト経験が頭に浮かびました。秋葉原のまちづくりを行うNPOでの活動です。そこは電気街としての秋葉原に、サイエンスやテクノロジーの要素を取り入れ、大学の東京オフィスを誘致するなどして新しい「まち」の形を作ろうとしていました。
「まち」というのは自然発生的にできるものではなく、「こういう仕組みを作ろう」「こういう空間にしよう」という人の強い意志によって作られているのだと気づき、それが何より面白いと感じました。
そこを本格的に学びたいという思いが湧き上がり、日本ではなく海外で学ぶことを決意しました。そして、カリフォルニア大学の大学院へ留学し、都市地域計画学を専攻しました。
——都市地域計画学での学びは、現在の仕事にどのように活きていますか。
大学院での学びで最も印象に残っているのは、最後の授業で教授に言われた“planning is everything(すべてが都市計画だ)”という言葉です。
まちは人が生きる全ての空間であり、あらゆる要素を組み合わせたものが都市計画なのだと教わりました。「これだけやっていればいい」という局所的なものではなく、全ての要素を融合させ、そこに住む人々の幸せに奉仕することこそが都市計画の本質です。
この学びは、現在のファンド運営や経営支援に直結しています。ファイナンスやコンサルティングの立場で経営に関わる際、一つの要素だけを見るのではなく、視野を広げ、視座を変え、多角的な視点を持つことが重要です。近視眼的な意思決定は、思わぬところでハレーションを引き起こします。
具体的なエピソードとして、大学院で「レゴブロックでまちを再現する」という課題がありました。経済学部出身の私は、商業ビルをビッシリと林立させ、税収が最大化されるまちを作りました。しかし、評価は低いものでした。
評価が上位の作品を見ると、ホームレスセンターや公営住宅など、多様な人々を受け入れる施設がバランスよく配置されていました。「儲かればいい」と考えていた自分の浅はかさに気づかされ、まちを構成する多様な人々への視点、バランス感覚の必要性を学びました。これは企業経営においても全く同じことが言えると感じています。
——「社会的な弱者」や「人と人の関係性」といった複雑な要素を、物理的な「まち」や「ルール」の中にどう組み込むか。そうした複雑系を扱う経験が、今の多面的な視点につながっているのですね。
そうですね。そうした「長い時間軸での仕組みづくり」に貢献したいという思いがあり、その物理的な仕組みの裏側には必ず「金融」が存在することから、ファーストキャリアとして日本政策投資銀行を選びました。
その後、実際に事業を動かす側に行きたいと考え、学生時代からのメンターでもあった永田さんとの縁もあり、ユーグレナに入社しました。永田さんは、私が学生時代にインターンをしていた投資ファンドの社員で、以来そろそろ20年の付き合いになります。
ユーグレナでは当初、ファイナンスのプロとして、エクイティやM&A、デット調達、プラント建設の契約実務など、ビジネスの土台となる部分を担当しました。現在ユーグレナのCo-CEOを務める若原さんに、徹底的に鍛えていただいた時期です。その後、経営企画や経営戦略に携わる中で、次第に「会社全体をどうマネージするか」「社会からどう見られたいか(ミッション・ビジョン・バリューの策定など)」という経営視点へと、視座を引き上げてもらうことができました。
「これは自分にしかできない仕事なのか」——39歳の問いと、UntroDとの再会
——その後、PwCやPowerXを経てUntroDに入社されるわけですが、なぜ再び永田さんと、そしてUntroDという場所を選ばれたのでしょうか。
ユーグレナ時代からUntroD(当時はリアルテックファンド)の活動は知っていましたし、応援もしていました。当時、ユーグレナはリアルテックファンドの関係会社でもあり、私は最後の時期にグローバルファンドの投資委員を務め、一緒に投資をしたこともあります。
転機となったのは、39歳になった時です。PowerXで未上場ベンチャーのファイナンスに奔走し、脱炭素という自分のライフテーマに取り組んでいましたが、ハードワークの中でふと「これは自分にしかできない仕事なのだろうか」と考えるようになりました。
キャリアの節目にはいつも永田さんが登場するのですが、その時も彼に話を聞きに行きました。そこで言われたのが、「レイターステージや上場後のベンチャーを経験し、かつデットの出し手と受け手の両方を経験している人間は、マーケットにほとんどいない」という言葉でした。
「その希少な経験を活かして、ファイナンス側で一緒にやらないか」と誘われた時、ハッとしました。スタートアップのCFOとしてオファーをいただくこともありましたが、私以上に価値を出せる人はいるかもしれない。しかし、レイターステージのファンド運用や、ディープテック特化のデットファンドの立ち上げとなると、私以外に適任者は少ないかもしれない。ここにしかできない仕事がある——そう確信した瞬間でした。
余談ですが、CFOとしてお声がけいただいた会社は、後から気づけば、いずれもUntroDの投資先でした。不思議なご縁だなと思います。
この領域こそが、スタートアップマーケット、特にディープテック領域に最も大きなインパクトを与えられる場所ではないか。そう確信し、「ぜひUntroDにジョインさせてください」とお願いしました。
——ご自身の希少な経験と、UntroDが新たなファンドを立ち上げるタイミングが重なったのですね。
はい、タイミングは非常に良かったと思います。入社直後から、教育スタートアップの「ライフイズテック」や、医療機器ベンチャーの「シンクサイト」を担当することになりました。
ライフイズテックはサブスクリプションモデルであり、ユーグレナ時代の経験からリスク・リターンのイメージが湧きやすかったですし、シンクサイトは大型機器を製造販売するモデルで、これはPowerXでの経験から解像度高くビジネスを見ることができました。ライフイズテックは入社から2ヶ月で投資の意思決定までたどり着き、シンクサイトも入社直後からデューデリジェンスに携わりました。自分の経験が直結する案件にすぐに関われたことは幸運でした。
日本のディープテックに「デット」という武器を——目指すは「未踏の資本」
——今後UntroDで取り組みたいこと、特にデットファンドにかける想いについてお聞かせください。
まずは、責任者としてデットファンドの運用を成功させ、しっかりと軌道に乗せることが最大のミッションです。2025年11月の発表後、多くの反響をいただき、2026年6月にはファーストクローズを迎えることができました。寄せられる声の一つひとつから、ディープテック領域におけるデット資金の不足を改めて痛感しています。
UntroDが10年間かけて取り組んできた「地方も含めた日本のディープテックの成長を止めない」という使命を、デットという側面から支えていきたい。これは私の非常に強い想いです。
——なぜ今、ディープテックスタートアップにデットファンドが必要なのでしょうか。
現在、候補案件を集める中で、「デットが借りられない」という切実な声を多く聞いています。「そこに取り組んでくれるファンドができるのなら、ぜひ使いたい」と言っていただくことも少なくありません。
ディープテック企業は、プロダクト完成や売上計上までに、SaaSやITサービス企業と比較して長い時間を要します。現金が入ってくるまでの期間が長い中で、資金調達をエクイティ(株式)だけに頼ると、創業メンバーの持株比率が著しく低下(希薄化)してしまいます。
創業者が「魂を燃やせる」だけオーナーシップを維持できなければ、機動的な経営ができなくなり、インセンティブも低下しかねません。
デットであれば、株式の希薄化は起きません。返済の見通しさえ立てば、本来はデットを活用すべき局面でも、現在の日本のマーケットでは、ひたすらエクイティで調達し続けるしかないという歪んだ構造になっています。アメリカではディープテックに対してもデットがつくのが一般的ですが、日本はまだそこに至っていません。
この歪みを正し、日本のスタートアップ、特にディープテック企業が健全に成長できる環境を作りたい。デットファイナンスの業界における「未踏の資本」となり、新しい常識を作っていくことを目指しています。
技術オタクとプロフェッショナルが融合する「第二創業」
——UntroDの雰囲気やチームワークについてはいかがですか。
ユーグレナ時代に感じた「技術オタク」的なDNAを持つメンバーと、私のように金融やバイオなどの専門性を持って新しく加わったプロフェッショナルなメンバーが、良い形で融合していると感じます。まさに「第二創業」といった熱気があります。
ファンドマネジメントチームは、私が入社した時の3人から、この10ヶ月で6人に倍増しましたが、何よりチームワークを重視しています。インベストメントチームが個別の投資先と深く向き合うのに対し、私たちはファンド全体や複数のファンドを俯瞰する視点が求められます。そのため、メンバー全員で議論し、知恵を出し合う文化が根付いています。
また、子育て中のメンバーも多く、家庭の事情があれば最優先で対応し、互いにカバーし合う体制が整っています。これは全社的に浸透している文化であり、プロフェッショナルとして成果を出すためにも非常に合理的で働きやすい環境だと感じています。
「雪が降らなくなる未来は絶対に避けたい」——3歳からのスキーヤーの願い
——今後の展望や、UntroDという「器」を通して成し遂げたいことは何でしょうか。
社名である「UntroD(未踏)」という言葉に、私は強く共感しています。特定の領域に限らず、誰も踏み入っていない場所を切り拓くという意志を表しているからです。
個人的なテーマとしては、気候変動やエネルギー問題の解決に貢献したいという想いがあります。私は3歳からスキーを続けているのですが、雪が降らなくなる未来は絶対に避けたい。今は関東に住んでいるので、なるべく本州で降り続けてほしい、という思いもあります(笑)。微力かもしれませんが、気候変動を解決、あるいは遅らせるために行動し続けたいのです。
UntroDというプラットフォームであれば、こうした個人の想いと、都市計画やインフラといった私のバックグラウンドを掛け合わせ、新たな「未踏」の領域へ挑戦できるのではないかとワクワクしています。
『成長の限界』への静かな怒り——13歳の原体験
——社会課題への関心など、今の仕事につながる原体験はありますか。
中学時代に出会った『成長の限界』(ローマクラブ、1972年発表)という書籍が原体験です。このまま人口や経済成長が続けば、資源が枯渇し人類は限界を迎えるという警鐘を鳴らした本ですが、まず驚いたのは、自分が生まれる10年ほど前に、人類はもう問題に気づいていたのか、ということでした。そして、私がこの本を読んだのは13歳の頃、1990年代の後半です。発表からすでに20年以上が経っていたのに、社会の実態は何も変わっていない。そのことに衝撃を受けました。
「問題はわかっているのに、なぜ人類は変われないのか」。そのことに対する静かな怒りのようなものが、私の根底にあります。誰かが微力でもいいから踏み込まなければ、社会は変わらない。踏み込んでも変わらないのなら、とにかく踏み込み続けるしかない。その想いが、今のビジネスキャリアを通じて挑み続ける原動力になっています。
「どう働くか」の前に、「どう生きたいか」
——最後に、キャリアに悩んでいる方へのメッセージをお願いします。
私はこれまで4回の転職を経験し、UntroDが5社目になります。正直、こんなに複数の会社に勤めることになるとは思ってもいませんでした。入社する時はいつも、その会社で長く勤めたいと思っていたんです。それでも一つ言えるのは、「どう働くか」の前に「どう生きたいか」を考えることの大切さです。
働くことは、生きることの一部でしかありません。金銭的な成功と幸福は重なる部分もありますが、イコールではありません。「自分はどういう人間で、どう生きたいのか」。その軸を自分の中に持ち、それに合った仕事を選び取っていく方が、長期的には幸福度が高いのではないかと思います。
幸福の軸を他人に委ねず、自分の仮説でもいいから軸を持つこと。私が4社を経てUntroDという場所に辿り着き、今こうして働けていることが、一つの答えだと感じています。もしキャリアに悩んでいる方がいれば、まずは「自分の生き方」を見つめ直してみてほしいですね。
——本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
木村 健
UntroD Capital Japan株式会社
ファンドマネージャー
2025年にUntroD Capital Japanにファンドマネージャーとして参画。
UntroD Capital Japan参画以前は、株式会社日本政策投資銀行にて、ストラクチャードファイナンス、インフラ投資、オルタナティブ投資運用等に従事。その後、株式会社ユーグレナに入社し、経営戦略部にて予算管理、資金調達、IR、M&A、アライアンス、広報等を統括後、PwCアドバイザリー合同会社にてエネルギー、金融、運輸、公共関連の顧客向けにサステナビリティ関連の経営、事業コンサルティングを提供。直近では蓄電池スタートアップの株式会社PowerXにて経営企画部の責任者として資金調達、予算管理を統括。
カリフォルニア大学アーバイン校都市地域計画学修士課程修了