世界最大級のタンパク源「豚肉」、食料危機と環境問題のジレンマをAIで断つ。Eco-Porkのインパクト

2050年、世界の人口は約100億人に達すると予測されている。人口増加に伴い、食料、特にタンパク質の需要は急増し、専門家は早ければ2027年にも需要が供給を上回る「タンパク質危機」が到来する可能性を指摘する。この課題解決の鍵を握るのが、世界最大級のタンパク源である豚肉だ。しかし、従来の養豚業は、生産拡大と環境負荷という二律背反の課題を抱えている。
この難題に、テクノロジーで正面から向き合うのが株式会社Eco-Porkだ。同社は、養豚の生産管理にICT、IoT、AI技術を統合したソリューションを提供し、生産性の向上と環境負荷の低減を両立させる。データに基づいた「持続可能な養豚」を実現することで、未来の食料安全保障と食肉文化の継承を目指すインパクトスタートアップだ。
迫る「タンパク質危機」と畜産業の環境負荷
世界の人口が現在の80億人から100億人へと増加する将来、食生活の豊かさを示す動物性タンパク質の需要は、現在の生産体制のままでは追いつかなくなると見られている。
豚肉は世界で40兆円の市場規模を持つ主要なタンパク源であり、この危機回避において極めて重要な役割を担う。しかし、養豚業の規模拡大は深刻なジレンマを伴う。第一に、資源の競合だ。豚が世界で消費する穀物量は年間約6億トンに上り、これは全世界のコメの年間生産量4.8億トンを1.3倍も上回る。人口が増え、人間の食料需要が増加する中で、家畜との穀物獲得競争は食料価格の高騰を招きかねない。
第二に、環境への負荷である。畜産業から排出される家畜排せつ物は、国内の牛・豚だけでも年間9,000万トンに及び、その多くは活用されずに処理されている。また、病気予防のために使用される抗菌剤も課題だ。日本の動物向け抗菌剤使用量はヒト向けの約2.1倍に達し、その中でも養豚での使用が28%と最も多い。これは薬剤耐性(AMR)菌の発生リスクを高め、公衆衛生上の懸念となっている。
生産を増やせば環境負荷が増大し、環境を優先すれば食料供給が滞る。この構造的な課題が、養豚業の持続可能性を脅かしている。効率的な資源利用と環境負荷の低減を両立させる技術革新が、喫緊の課題となっているのだ。
データ基盤からAI・IoTまで一気通貫で提供
Eco-Porkが提供するのは、個別の機器やソフトウェアではない。養豚経営の全プロセスをデータで可視化し、最適化する統合ソリューションである。同社の強みは、基幹システムからAI、IoT機器までを自社で一貫開発(フルスクラッチ)し、養豚場の「完全自動化」を目指している点にある。
その中核をなすのが、クラウド型養豚経営支援システム「Porker」だ。これは、豚の育成状況や作業記録、豚舎の環境データなど、あらゆる情報を一元管理する養豚業のDXの基盤となる。外国人労働者でも直感的に操作できるユーザーインターフェースを備え、正確なデータ蓄積を可能にする。国内の豚肉生産量の約11%が、既にこのシステムを活用して生産されているという事実は、その実用性の高さを物語っている。
さらに、独自の画像診断AI「AI豚カメラ(ABC)」が、事業の競争力を決定づけている。豚舎の天井を自走するカメラが、非接触で豚の体重を自動測定し、個体を識別する。一頭ずつ960カ所の特徴を捉え、見た目や動きから個体を見分けるだけでなく、耳の色の変化から血圧や心拍数を把握し、健康状態まで管理する。これにより、出荷に最適な体重(116kg以内)への精密なコントロールが可能となり、農家の収益性を大きく改善する。従来、熟練者の経験と勘に頼っていた体重管理をデータに基づき自動化することで、飼料の無駄をなくし、生産性を飛躍的に高める。
これらのソフトウェアとAIを、豚舎内の温湿度を管理する「Porker Sensor」や、自動給餌装置などを制御する「Porker Controller」といったIoT機器と連携させる。これにより、データ収集、分析、そして最適な飼育環境の実現というサイクルを自動で回すことが可能になる。ある実証実験では、36万円のシステム導入コストに対し、年間で約7,980万円もの売上改善効果が報告され、生産性が8〜14%向上したという。
また、同社はアニマルウェルフェア(家畜福祉)に関する世界的な畜産業イニシアティブ「FAIRR」の観点から自社プロダクトを評価するなど、グローバルなESG基準への対応も進めており、事業の持続可能性を一層強固なものにしている。
技術で「食肉文化」を次世代へ
Eco-Porkのソリューションは、養豚業が抱える課題に対し、明確な解決の道筋を示す。まず、「Porker」と「AI豚カメラ」による精密な個体管理は、一頭あたりの飼料要求率を改善し、穀物消費量を削減する。これは食料の需給バランス改善に直結する。また、IoTセンサーによる環境制御や健康モニタリングは、疾病の早期発見を可能にし、抗菌剤の使用量を削減することにも繋がる。
生産性の向上は、タンパク質供給の安定化に直接的に貢献する。同社の試算によれば、「Porker」導入農家では、繁殖成績が初年度に約7%改善する。これを国内シェア(母豚数ベース)に当てはめると、年間で肉豚出荷が約13万頭増加し、枝肉ベースで約1万トンの供給増、金額にして約53.7億円の経済的インパクトに相当するという。これは、テクノロジーが食料安全保障にどれだけ貢献できるかを示す好例だ。
人類が数万年にわたり育んできた食肉文化を、未来の世代も享受できるようにする。Eco-Porkが目指すのは、代替肉への移行を唯一の解とせず、テクノロジーによって畜産業そのものを持続可能な形で進化させることだ。同社の挑戦は、単なる一企業の事業活動に留まらず、世界の食料問題と環境問題の解決に向けた、力強い一手となっている。