【出向者インタビュー】商船三井CVCがUntroDと目指す次世代人材戦略とは?
出向プログラムを通じた自律自責のグローバルリーダーへの道のり

UntroDは地球や人類の課題解決に資する研究開発型の革新的テクノロジーを有するディープテックスタートアップの社会実装を目的とした「リアルテックファンド」を2015年に設立し、シード・アーリーステージの国内スタートアップへのリード投資およびハンズオン支援を行ってきました。2018年からは国内ファンド参画企業の人材育成を目的とした「出向プログラム」も開始しており、人材の交流を通したオープンイノベーションを促進しています。また2020年より、東南アジアの社会課題解決を加速するグローバルファンドを立ち上げ、日本と東南アジアの接続を通した出資・スタートアップ支援を本格化しています。
株式会社商船三井のCVCであるMOL PLUSは「海運業と社会に新しい価値をプラスする」ことをビジョンとし、2021年4月に商船三井社内の提案制度を通じて設立されました。これまでの約4年間の運営で国内外スタートアップ22社への投資、4社6ファンドへのLP出資を実施しており、海運会社ならではのグローバルネットワークやリソースを生かした投資・事業連携創出活動を行っています。またUntroD株式会社(以下、UntroD)が運営する「国内3号ファンド」「グローバル1号・2号ファンド」にもLP出資しています。
2025年1月末より、MOL PLUSは初の試みとして、UntroDの出向プログラムに加藤寛明氏を派遣しました。MOL PLUSが考える「人材育成」とは何か。加藤氏が目指す「リーダー像」とは何か。本プログラムのメンターを務めるUntroD熊本が、MOL PLUSの創業者兼代表取締役社長である阪本拓也氏を交えて伺いました。
対談者
熊本 大樹
慶應義塾大学総合政策学部卒。2019年、初の新卒としてリアルテックファンドを運営するUntroD Capital Japanに参画し、グロースマネージャーを務める。日本国内の福祉・介護分野で革新的な技術を応用するベンチャーを担当する一方、2020年より東南アジアのディープテックベンチャーへの投資を行う「グローバルファンド」のリードを務める。2023年、UntroD Capital Asiaの取締役に就任。

加藤 寛明
京都大学工学研究科原子核工学専攻修了。在学時は主に放射線がん治療の一つであるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に利用するX線・中性子検出器について研究。商船三井入社後は、自動車船部に所属し、欧州航路の貨物構成・航海スケジュール策定業務に携わる。2023年12月より社内人材育成制度の一環でMOL PLUSへ出向。

阪本 拓也 氏
京都大学農学部食料環境経済学科卒。2012年商船三井へ入社。入社後は鉄鋼原料船部にて運航業務を担当。2015年に同社現地シンガポール法人 MOL Cape社へ出向。2017年、本社の自動車船部にて自動車船100隻の配船計画/船腹手当を担当するチャータリング業務を経験。2020年に社内事業提案制度1期生として海運版CVCの設立を経営陣に提案。約1年間のCVC設立準備を経て、2021年4月にMOL PLUS設立・代表取締役社長就任、現職。

躊躇なく未踏領域に挑戦する次世代リーダーを目指して
熊本:本日はよろしくお願いします。まず実際に加藤さんが出向されて約1か月が経ちましたが、これまでのUntroDでの経験はいかがですか?
加藤氏:出向して1週目から早速シンガポール・インド・ベトナムと各地を飛び回り、数多くのスタートアップ企業と事業連携に関するディスカッションを行いました。週末の夜行便で帰国してからも、日本で複数のイベントに参加させていただいており、改めてUntroDの持つネットワークの大きさに衝撃を受けているところです。今後もMOL PLUSの既存業務と並行させながらの活動ではありますが、スピード感をもって活動を継続させて行きたいと思います。
熊本:年齢や経験値に関係なく、意志さえあれば無限に挑戦できる環境がある。これがUntroDがずっと目指してきた組織であり、出向いただく皆様にも同じ機会を作っていきたいと常々思ってます。分け隔てなく、フラットにUntroDの一員として接するからこそ、厳しく情熱をもって一緒に議論できるのがこの出向プログラムの一番の価値かもしれません。加藤さんは本プログラムに対してどのような目標をお持ちですか?
加藤氏:今回の出向プログラムでは、どのような環境下においてもバイタリティをもって自律自責できるメンタルを身に着けることを目標としたいと考えています。東南アジアは未だ数多くの社会課題が多く存在する地域であり、まさに私にとっての「未踏」領域です。非日常に溢れた環境下で自分の存在意義を追及する日々を送ることで、自律自責の精神を養い、最終的に今回の出向経験が「未踏」領域に臆せずチャレンジすることができるグローバル人材に近づくための第一歩となることを目指していきたいと思います。
阪本氏:UntroDは、人類の根源的な課題解決を追求するフィロソフィーを持つ会社です。海運業は海上物流を通じて地球上の物資の偏在を解決するリアルビジネスであり、この二つを掛け合わせることで新たな価値を生み出せると確信しています。実際、過去4年間で弊社とUntroDの共同投資は国内3社・海外1社の合計4社に上ります。定例ミーティングに縛られない柔軟な関係性を築きつつ、要所では即座に関係者と議論を開始できるのが面白さだと思っています。スタートアップ投資は定常業務ではないため、こうしたフレキシブルでスピーディーな関係性が極めて効果的であり、加藤さんにもこの感覚を身につけて帰ってきてほしいと思っています。

MOL PLUS × UntroDだからこそ生み出せる「推進力」
熊本:MOL PLUSとUntroDの関係は2020年に遡ります。当時、CVC立ち上げに奔走していた阪本さんと長きにわたり議論を重ね、ようやくこの出向プログラムをスタートすることができました。設立から現在に至るまで、先進的な取り組みに積極的にチャレンジされておりますが、改めてどのようなビジョンや想いを持ったCVCなのか、お聞きしたいと思います。
阪本氏:私は商船三井に入社後、事業部門やシンガポール駐在を経て、海運業の中心で仕事をしていました。もともと新規事業や課題解決のアイデアを出すことが好きな性格だったため、業務カイゼンの提案を行うことも多かったのですが、社内で関係者を説得するのに非常に時間を要することを経験してきました。また、海運業は長い歴史を持ち、世界の物流の99%を支える重要なインフラであるがゆえに、新規性や斬新なアイデアが必ずしもポジティブに受け取られない傾向があるとも感じていました。
一方で、スタートアップで働く大学時代の友人たちと話をすると、彼らは明確な目標を持ち、試行錯誤を繰り返しながら挑戦を続けていました。そうしたディスカッションを重ねる中で、「海運」×「スタートアップ」という組み合わせは、日本ではほとんど前例がなく、欧州で一部の成功事例がある程度だと知りました。そこで、「これは大きな可能性があり、自分の経験も活かせる」と確信し、経営陣に対して自信を持って海運CVC事業の提案を行いました。
熊本:まさに未踏領域へのチャレンジですね。我々も2020年に東南アジア地域に投資するファンドを立ち上げた際、「東南アジア」×「ディープテック投資」の可能性を強く感じながらも、誰も取り組んでいないことに気付きました。誰もやっていないからこそ、挑戦する価値がある。そういった意味では我々も阪本さんと同じ想いです。
阪本氏:UntroDは以前から、強い推進力を持ったプロフェッショナルな集団だと感じていました。「出向」も一つの魅力的な機会として捉えており、グローバルファンド2号への出資時も、スタートアップへの共同出資だけでなく、次世代のリーダーを育成する環境として非常にユニークだと考え、ぜひMOLから誰かを送り出したいと思っていました。
熊本:阪本さんの大きな期待を背負い出向プログラムに参加した加藤さん。加藤さんはそもそも、なぜMOL PLUSに出向し、UntroDで活動したいと思われたのでしょうか。
加藤氏:私は2021年、就職活動中にOB訪問を通して阪本さんと出会いました。当時偶然にも阪本さんがCVC設立に向けて活動されているタイミングだったのですが、その話を伺う中で、「MOLが最も”挑戦”できる風土がある海運会社である」と感じたことがきっかけで入社を決断しました。入社後は自動車船部で貿易書類対応や各船の貨物構成・寄港スケジュールを策定する業務を担当しました。これらの業務経験を通して、海運ビジネスがいかに「市況」に左右されるものであるかということを痛感し、当社が今後も利益を生み出し続けてサステナブルな会社となるためには、海運事業以外の新規事業をもっと生み出していくことが重要だと考えるようになりました。そんな中、人事制度の一環でMOL PLUSへの出向募集がありました。私はこれが新規事業を生み出す力を養う貴重なチャンスであるととらえ、自ら立候補しました。
グローバルCVCキャピタリストとして必要な要素とは?
熊本:MOL PLUSへの出向も立候補制だったのですね。実際に活動されてみて、いかがですか?
加藤氏:活動を開始して1年が経ちましたが、本当に毎日新しい壁にぶち当たっています(笑)。そもそも海運の営業から金融業へ業務内容がガラッと変わったということもありますが、まずそもそも社会的インパクトをもたらし得る技術をどのように見極めたら良いのかがわからない。いくら技術的にユニークであっても、市場がなければビジネスに繋がらりません。一方で、自ら市場を作るべく活動している起業家もたくさんいます。そのような中で、今後本当にスケールする技術とは何なのか。この一年間、日々試行錯誤しながら活動してきました。また、私は海外経験がほとんどありません。高校の修学旅行や大学生のころ少し短期留学をした程度です。今後東南アジアのような地域で新規事業を創っていくためには「海外特有の社会課題」を捉えることが必須であることは重々分かっていますが、正直彼らが何を求め何に困っているのか全く感度がありません。UntroDは国内外のシード・アーリーディープテックスタートアップに出資してきた先駆者であり、現在も100社を超えるスタートアップと日々伴走・連携されています。UntroDに出向して現地に身を置くことこそが、このような自分自身の課題を克服する上で非常良い経験になるのではないかと考え、今回挑戦させていただくことにいたしました。
熊本:まさにそうした課題に対してはUntroDが最適な環境ではないかと思います。ちなみにMOL PLUSではこれまでどのような領域を担当されてきたのですか?
加藤氏:我々は大きく「海運・物流のアップグレード領域」「その他の新規事業領域」の2つのテーマを設定して出資・事業連携創出を目指しておりますが、私は主に後者を担当しています。具体的には、養殖などのブルーエコノミー分野、核融合や次世代型太陽電池といった脱炭素、環境・サステナビリティ分野を見てきました。先日インドにて工場訪問させていただいたVFlowTech社についても私が主担当を務めており、MOLが海外重点地域と位置づけている東南アジア・インドにおいて、港湾オペレーションの脱炭素実現に向けた事業連携創出を目指しています。また個人的には、近年注目度の高い未利用低温排熱源の有効活用にも興味を持っております。一見海運業とは繋がりがなさそうに見えるAlterno社のようなソリューションをうまく組み合わせることによって、MOLとシナジーのある新規事業が作れると非常にアツいなと感じています。

Alterno(註1)のPilotテスト進捗を調査

(UntroD投資先)(註2)のインド支社に訪問
註1:Alterno社は東南アジアで唯一、砂蓄電池ソリューションを開発するベトナムのスタートアップ企業。エネルギーを熱として蓄えることができ、工業プロセスにおける熱エネルギーの脱炭素化ソリューションとして期待される。
註2:VFlowTech社は、バナジウムレドックスフロー電池を開発するシンガポールのスタートアップ企業。リチウムイオン蓄電池と比べ高い安全性と長寿命の特長を持つことから、インフラの脱炭素ソリューションとしての社会実装が期待される。
中長期の世界を描き、目の前の課題を解決していく
熊本:東南アジアは、総人口6.5億人、GDP年平均成長率5.2%、平均年齢30歳以下と大きなポテンシャルを持つ地域である一方で、急速な成長ゆえに発生する様々なディープイシュー(深刻な社会課題)が顕在化しています。この出向プログラムでも、様々な課題にぶつかっていく中で、中長期の目線で解決策を考え続けていく必要があると思っています。我々と共創していく未来はどのようなものにしたいですか。ぜひ最後にお聞かせください。
加藤氏:私の目指す姿は、世界に眠る多様な技術とMOLが抱える課題や国内外の社会課題、さらには市況トレンドを柔軟に掛け合わせることで、自由自在にビジネスをデザインできるグローバルリーダーになることです。その中でも、私は大学にて放射線・原子力分野を専攻していたことから特にエネルギー領域に注目しています。バイオマスや水素・核融合といった、スタートアップ企業の持つ斬新な発電技術や蓄電・変換技術を組み合わせることで次世代エネルギーを有効活用する仕組みづくりを行いたいと考えており、これこそがまさに「インフラのインフラ」と言われてきた海運会社のこれからの使命だと感じています。また、将来的には社員提案制度を通した社内起業にも挑戦していきたいです。
阪本氏:私がMOL PLUSを通じて登る山は、設立時から変わっていません。1,000億円規模相当の新規事業をつくることにあります。設立当時では思いもつかなかったような部門やグループ会社が我々主導で出来ていて、新しい事業が回っている状態をつくりたいと思っています。我々の社名の由来は、『海運業と社会に新しい価値をPLUSする』組織にしたいところから来ています。海運が、歴史の長い保守的な産業ではなく、「儲かるクリエイティブな産業である」という新常識をつくっていきたいと思います。
熊本:阪本さん、加藤さん、ありがとうございました。1年後、この出向プログラムが終わる頃に、我々だからこそ変化させられた社会があることを信じて、前に突き進んでいきましょう。
